この記事の要点
- 「古代の墓のはちみつが食べられた」という話は、私信と雑誌記事が出どころで、食べられると確かめた記録は見つかっていません。
- 2025年のパエストゥム遺跡の再分析では、青銅壺の残留物から糖とミツバチ由来のタンパク質が検出されましたが、中身はペースト状に劣化していました。
- はちみつは水分が低いかぎり傷みにくい食品ですが、湿気を吸えば発酵し、年月がたてば香りも成分も動きます。
- 1歳未満の乳児には、はちみつを与えてはいけません。古い瓶は、泡・におい、水分、色と香りの順で確かめます。

「3000年前のはちみつが食べられた」はどこから来た話か
この話に、食べられたと確かめた記録は見つかっていません。広まった逸話をたどると、出どころは学術的な試食記録ではなく、私信と雑誌記事でした。
ウェイガルの手紙と、ナショナルジオグラフィック誌の一文
ニュージーランドの養蜂家団体Auckland Beekeepers Clubの記事によると、古代エジプトの墓で「はちみつが液体のまま残っていた」という話は、エジプト学者アーサー・ウェイガルが恋人に宛てた手紙にさかのぼります。手紙には約3500年前と記されていました。さらに1913年のナショナルジオグラフィック誌が、この話を3300年前のものとして紹介しています。
ツタンカーメン王墓の名とともに語られることもありますが、たどれる出どころは、手紙と雑誌の一文です。
3300年か3500年か——数字が揺れる逸話
同じ話なのに、手紙では約3500年、雑誌では3300年と数字が違います。分析で年代を測った結果ではなく、語り継がれる間に形が変わった数字だと読めます。その後「3000年」と丸められて、SNSや雑学で出回るようになったのでしょう。
「見つかった」と「食べられた」は別の話
Auckland Beekeepers Clubの記事は、墓のはちみつが食べられると確かめられた例はない、とも述べています。壺の中にはちみつらしいものが残っていたことと、口に入れて安全だったことは、まったく別の話です。この記事では、遺跡のはちみつを「食べられた」と書かず、「分析で何が確認されたか」だけを扱います。
遺跡から見つかったはちみつは、いまどんな姿か
実際に分析された遺跡のはちみつは、糖とミツバチ由来のタンパク質は残っていたものの、ペースト状に変質していました。2025年に、オックスフォード大学などの研究チームがJournal of the American Chemical Societyに発表した、南イタリアのパエストゥム(古代ギリシャ植民市)の青銅壺の再分析が手がかりになります。
紀元前530〜510年の青銅壺6点と、70年続いた論争
1954年、パエストゥムの地下祠から、紀元前530〜510年ごろの青銅壺6点が見つかりました。中の残留物は、1970年と1983年の分析で脂肪や蝋とされ、糖も検出されませんでした。はちみつだったのか、別のものだったのかという問いが、発見から約70年残ったことになります。
検出されたもの——糖・ローヤルゼリーのタンパク質・蜜蝋
2025年の再分析では、現代の蜜蝋の約10倍にあたるヘキソース糖が検出されました。ヘキソース糖とは、ブドウ糖や果糖のような炭素6個の糖の総称です。はちみつの主成分はこの種類の糖です。
あわせて、ローヤルゼリータンパク質(MRJP)のMRJP1〜3も検出されました。MRJPは、この記事ではミツバチ由来であることを示す証拠のタンパク質として扱います。蜜蝋とは、ミツバチが巣をつくるために分泌する蝋のことで、蜜蝋とはなにかは別の記事にまとめています。
ペースト状の残りかすと、長い年月が生んだ酸
残留物は、とろりとした液体ではなくペースト状でした。さらに、長い年月による劣化を示す酸の生成も確かめられています。つまり約2500年を経た壺の中身は、糖とタンパク質という「はちみつだった痕跡」と、「変質した跡」が同居する状態でした。この報告は、成分が確認されたという事実にとどまり、食べられるかどうかには触れていません。
それでも「はちみつは腐らない」と言われる理由
はちみつは水分が少なく糖が濃いため、菌が増えにくい食品です。農林水産省 近畿農政局の展示資料も、100%天然のはちみつはきちんと保存すれば基本的に腐らず、長期保存ができると説明しています。詳しくははちみつが腐らない仕組みでも扱っています。
糖が水を抱え込む——水分活性という物差し
水分活性とは、食品の中の水のうち、微生物が使える水の度合いを表す物差しです。はちみつでは、濃い糖が水をしっかり抱え込むため、菌が使える水がほとんど残りません。糖度が高いことと水分活性が低いことは、同じ現象を別の言い方で表したものです。仕組みは水分活性が低い理由で詳しく書いています。
花の蜜が濃くなるまで——水分20%前後で蜜蓋がかかる
花の蜜は、もともと水分が多い液体です。ミツバチが巣の中で水分を飛ばして濃くし、養蜂家の間では一般に、水分が20%前後まで下がると蜜蝋で蓋をする(蜜蓋)とされています。Codex Alimentarius(FAO/WHO合同食品規格委員会)のはちみつ規格(CXS 12-1981)も、水分は原則20%以下(ヒース蜜などは23%以下)、果糖とブドウ糖の合計は60g/100g以上と定めています。
ただし、これは「条件がそろっている間は」という話です。次に、その条件が崩れる場面を見ます。
腐らない性質の限界——湿気・結晶・発酵
蓋を開けたままの瓶は、湿気を吸っていく
はちみつの守りは、水分が低く保たれているあいだだけ働きます。FAO(国連食糧農業機関)は、水分18%未満のはちみつなら発酵のリスクはほとんどなく保存できるとしています。裏を返せば、水分が上がれば発酵が起きうるということです。
湿度が上がると、はちみつは水を吸う
FAOのデータでは、湿度60%の空気と釣り合うはちみつの水分は18.3%、湿度70%では24.2%になります。ふたを開けたままにしたり、ふたが緩んだ瓶を湿った場所に置いたりすると、はちみつは空気中の水を吸います。この性質ははちみつが空気中の水分を吸うしくみで解説しています。
| 空気の湿度 | 釣り合うはちみつの水分(FAO) | 目安 |
|---|---|---|
| 60% | 18.3% | 18%を少し超える |
| 70% | 24.2% | Codexの上限20%を超える |
結晶化すると、液の部分が発酵しやすくなる
結晶化とは、ブドウ糖が白い結晶になって固まる現象です。結晶になるのは糖の部分なので、残った液の部分は相対的に水分が増えます。FAOは、結晶化すると液の部分の水分が上がり、発酵しやすくなると指摘しています。結晶そのものは問題ではなく、「結晶+湿気」の組み合わせに注意が必要という意味です。結晶すると発酵しやすくなる理由もあわせてどうぞ。
Codexが「発酵していないこと」を条件にしている理由
Codexは、はちみつの条件として、発酵や発泡が始まっていないことを挙げています。水分や糖の数値を満たしていても、発酵が始まっていれば規格上のはちみつとはいえません。「腐らない」は、保存の条件がそろっていた場合の話だと、規格の側も前提にしているわけです。
年月で変わる成分——HMF・酵素・色と香り
腐らなくても、はちみつの品質は年月とともに動きます。「傷まない」と「できたての味が続く」は別です。
HMFは、できたての蜜にはほとんどない
HMF(ヒドロキシメチルフルフラール)とは、果糖から生じる成分です。FAOによると、できたてのはちみつにはほぼ含まれず、保存や加熱で増えるため、劣化の指標になります。Codexは、HMFを加工・混合後で40mg/kg以下(熱帯地域の表示蜜は80mg/kg以下)、ジアスターゼ活性を原則8シャーデ単位以上としています。ジアスターゼは、はちみつに含まれる酵素のひとつです。HMFとジアスターゼは、HMFと酵素が示す加熱の跡でも書いたとおり、加熱や保存の履歴を読む手がかりになります。ちなみに、賞味期限の考え方は賞味期限が2年とされる根拠にまとめました。
25℃超では数か月で香りが抜けていく
FAOは、25℃を超える場所で保存すると、数か月で香りの多くが失われるとしています。夏の台所や日の当たる棚は、はちみつにとってあまり穏やかな場所ではありません。
20〜25年もののはちみつを試食した記録
1977年、エヴァ・クレインが、20〜25年保存した試料100点以上を試食した記録があります(Auckland Beekeepers Clubの記事による)。腐っていたものはありませんでしたが、多くは繊細な風味を失っていたといいます。腐らなくても、おいしさは先に落ちていくということです。
腐らない=無菌ではない——1歳未満には与えない
はちみつは菌が増えにくいだけで、菌がいないわけではありません。1歳未満の乳児には、はちみつを与えないでください。
ボツリヌス菌の芽胞は、はちみつの中で眠っている
厚生労働省によると、ボツリヌス菌は土壌などに広く存在し、腸内環境が整っていない乳児の腸では増えて毒素を出すことがあります(乳児ボツリヌス症)。芽胞とは、菌が厳しい環境をしのぐための殻に包まれた状態です。この芽胞の耐熱性は120℃・4分とされ、通常の加熱や調理では死にません。はちみつの中では増えませんが、芽胞は生きたまま残りえます。理由は1歳未満の赤ちゃんにはちみつを与えてはいけない理由にも書きました。
1歳を過ぎれば、リスクの高い食品ではない
厚生労働省は、1歳以上の人にとって、はちみつはリスクの高い食品ではないとしています。加熱した料理や離乳食に使われたものでも、1歳未満には与えません。
家の古いはちみつを確かめる順番
戸棚の奥の瓶は、順番に確かめる
確かめる順番は、泡・酸味・におい、次に水分、最後に色と香りです。遺跡の壺と違い、台所の瓶は、いま目の前で確かめられます。
泡と酸っぱいにおいがあれば、発酵を疑う
ふたを開けて、表面に泡があったり、酸っぱいにおいがしたり、ふたが膨らんでいたりしたら、発酵を疑います。この場合は食べずに処分するのが無難です。見分け方は泡立ちと酸っぱいにおいの見分け方に詳しくあります。
白く固まっているだけなら、50℃以下で湯せんして確かめる
泡もにおいもなく、白く固まっているだけなら、結晶化です。近畿農政局の資料は、白く結晶化しても品質が悪くなったわけではなく、50℃以下でゆっくり湯せんすると元に戻ると説明しています。湯せんで液状に戻り、においも普通なら、そのまま使えます。湯せんしても分離した水っぽい層が残るなら、水分が増えているかもしれません。その場合は発酵を疑います。
色が濃く香りが弱いなら、料理用に回す
発酵のしるしがなく、色が濃くなって香りが弱いだけなら、保存中の褐変や香りの減少と考えられます。そのままかけるより、煮物や照り焼き、飲み物の甘みづけなどに回すと、風味の弱さが目立ちにくくなります。
| 状態 | 考えられること | 扱い |
|---|---|---|
| 泡・酸味・異臭・ふたの膨らみ | 発酵 | 食べない |
| 白く固まっている | 結晶化 | 50℃以下で湯せん。異常なければ使う |
| 色が濃く香りが弱い | 褐変・香りの減少 | 料理用に回す |
よくある質問
Q:ピラミッドやツタンカーメンの墓のはちみつは、本当に食べられたのですか?
広まった話の出どころは、ウェイガルの私信と、1913年のナショナルジオグラフィック誌の記事です。墓のはちみつが食べられると確かめられた例はありません。
Q:はちみつは何年たっても食べられますか?
きちんと保存すれば腐りにくい食品です。ただし、数十年で風味は落ちます。限界をつくるのは、湿気を吸って水分が上がることと、そこから起きる発酵です。
Q:賞味期限が何年も過ぎたはちみつは食べてもよいですか?
まず、泡・酸味・異臭がないかを見てください。あれば食べません。白く固まっているだけなら50℃以下で湯せんして確かめ、風味が落ちていれば料理に回す、というように条件で分けます。
Q:古いはちみつが黒っぽくなったのは腐ったからですか?
多くは保存中の褐変で、腐敗とは別です。FAOは、HMFが保存や加熱で果糖から生じるとしています。腐ったのではなく、風味が変わったものとして受け止めてください。
Q:遺跡のはちみつから何がわかったのですか?
パエストゥムの青銅壺から、糖とローヤルゼリーのタンパク質が検出され、残留物がはちみつだったと裏づけられました。一方で中身はペースト状で、劣化を示す酸も確認されています。
六角門は、京都で養蜂を軸にした健康ブランドを準備している段階で、蜜蜂はまだ迎えていません。準備を進めるなかで、はちみつの保存性や品質の変わり方も、出典をたどりながら調べています。これからも、わかったことを静かに書いていきます。