この記事の要点
- はちみつの酵素は加熱で一斉に消えるのではなく、種類ごとに耐熱性が異なります。
- 50℃・1時間の加熱でも、酵素によって残存活性は90%から25%まで幅があります。
- HMF(ヒドロキシメチルフルフラール)は糖の変化で生じる物質で、加熱と保存の両方で増えます。
- Codex規格はHMF40mg/kg以下・ジアスターゼ活性8単位以上を加熱の目安としています。
- 1歳未満の乳児には、加熱してもはちみつを与えてはいけないとされています。

はちみつの中で働いている酵素たち
はちみつには複数の酵素が含まれており、その正体や量は一様ではありません。代表的なものが、ジアスターゼ(アミラーゼ)、α-グルコシダーゼ(転化酵素)、グルコースオキシダーゼの三つです。
ミツバチ由来の酵素という成り立ち
これらの酵素は、花の蜜そのものではなく、ミツバチが蜜を体内で運び巣に持ち帰る過程で加わるとされています。花の蜜はどうやってはちみつになるのかという変化の中で、唾液腺由来の酵素が蜜に混ざり、糖の分解や転化が進むと説明されています。ジアスターゼはでんぷん質を分解する酵素、α-グルコシダーゼは糖を分解・転化する酵素、グルコースオキシダーゼは糖から過酸化水素を生み出す反応に関わる酵素です。
残るのは成分全体のごく一部
はちみつの大部分は糖と水分で占められており、酵素はごく微量の成分にすぎません。それでも、ジアスターゼ活性はCodex規格でも品質指標の一つに数えられており、酵素の量や働き方が、はちみつの加熱履歴を推し量る手がかりとして扱われてきました。微量だからこそ、加熱によってどう変化するかが注目されてきたとも言えます。
温めると酵素は一斉に消えるのか——種類ごとの耐熱性
50℃前後の穏やかな加熱と、酵素の残り方の違い
結論から言うと、はちみつの酵素は加熱すると一律に失われるわけではありません。種類ごとに耐熱性が違うため、同じ温度・時間でも残る割合は大きく異なります。
50℃・1時間の残存活性
全国はちみつ公正取引協議会によると、はちみつを50℃で1時間加熱した場合の酵素の残存活性は、ジアスターゼ(アミラーゼ)が約90%、α-グルコシダーゼが約54%、グルコースオキシダーゼが約25%と報告されています。同じ加熱条件でも、酵素によって残り方に大きな差が出ることが分かります。
| 酵素 | 役割(概略) | 50℃・1時間後の残存活性 |
|---|---|---|
| ジアスターゼ(アミラーゼ) | でんぷん質を分解する | 約90% |
| α-グルコシダーゼ(転化酵素) | 糖を分解・転化する | 約54% |
| グルコースオキシダーゼ | 過酸化水素を生み出す反応に関わる | 約25% |
60℃前後が一つの分かれ目と言われる理由
同じ全国はちみつ公正取引協議会の報告では、60℃で60分加熱した場合、フェノール総量は約8%減少したとされています。酵素の残存活性とあわせて見ると、60℃前後が変化の現れ方の目安として語られることが多い温度帯だと分かります。
結晶を溶かす湯煎の温度帯
結晶化したはちみつを湯煎で溶かす程度の加温であれば、分解する栄養成分はほぼないとされています。結晶化が起きる温度と戻すときの手当てで触れられているような、短時間・低めの温度での湯煎は、酵素の残存活性が大きく落ち込む条件とは重ならないと考えられます。
HMFとは何か——加熱が残す「跡」
HMFとは、ヒドロキシメチルフルフラールの略称で、糖が加熱や長期保存によって変化する過程で生じる物質です。酵素の減少とは逆に、HMFは加熱によって増えていく側の指標です。
HMFの生まれ方(糖の変性・メイラード反応の関連)
HMFは、はちみつに含まれる果糖などの糖類が熱の影響を受けて変性することで生じるとされています。糖とアミノ化合物が反応して色や風味を変えていくメイラード反応とも関連づけて語られる物質で、加熱や保存が進むほど蓄積しやすい性質を持っています。学術誌Food Chemistryに掲載された研究では、加熱温度と加熱時間がHMFの生成に有意な影響を与え、HMFの生成は一次反応速度で進むと報告されています。
Codexの基準値とジアスターゼ8単位
FAO/WHO国際食品規格委員会(Codex Alimentarius)が定めるCodex規格CXS 12-1981の3.2項では、はちみつは本質的な組成が変わる、または品質が損なわれる程度まで加熱・加工してはならないとされています。具体的な数値として、HMFは加工・ブレンド後で40mg/kg以下(熱帯産のはちみつは80mg/kg以下)、ジアスターゼ活性は一般に8シェード単位(Schade単位)以上(もともと酵素量が少ない蜜は3単位以上)が目安とされています。HMFの少なさとジアスターゼ活性の高さは、あわせて加熱の強さを推し量る指標として扱われています。
分析時に検体を加熱しない理由
前述の一次反応速度という性質からすると、HMFの量はその時点までの温度と時間の積み重ねを映す記録のようなものだと理解できます。だからこそ、はちみつの加熱の程度を調べる際には、検体自体をそれ以上加熱せず、そのままの状態で測ることが前提になります。検体を加熱してしまえば、もともとの加熱履歴に測定作業による変化が上乗せされ、数値が本来の状態を表さなくなるためです。
加熱だけでなく保存でも進む変化
保存が進むほど、色は少しずつ濃くなっていく
HMFが増える要因は加熱だけではありません。常温での保存期間そのものが、糖の変性を進める条件になり得ます。
3年間の貯蔵試験が見ているもの
全国はちみつ公正取引協議会は、甘味食品試験センターへの委託試験として、はちみつの賞味期限を充填後2年に設定することの妥当性を検証するため、3年間にわたる貯蔵試験を実施したと報告しています。この試験ではHMFの量、着色度、官能評価が計測されており、HMFは糖類の変性が品質に影響を及ぼす指標として、賞味期限があるのはなぜかを考えるうえでの科学的根拠の一つに位置づけられています。
色が濃くなる・香りが飛ぶ
保存期間が長くなるほど、はちみつの色は濃くなり、香りの印象も変わっていくとされています。これはメイラード反応をはじめとする糖の変性が、加熱時だけでなく保存中にも緩やかに進むためだと説明されます。着色度が貯蔵試験の観察項目に含まれているのも、こうした変化を継続的に追うためだと考えられます。
場面別・温め方の判断の分かれ目
ここまでの数字を踏まえると、「はちみつは加熱しても大丈夫か」という問いには、場面ごとに条件を分けて考えるのが実際的です。
| 場面 | 温度・時間の目安 | 判断の分かれ目 |
|---|---|---|
| 結晶を戻す湯煎 | 60℃前後・短時間 | 分解する栄養成分はほぼないとされる |
| 焼き菓子・煮込みなど加熱調理 | オーブンや鍋の温度に依存し100℃を超えることもある | 酵素の残存活性は下がり、HMFは増えやすくなる |
| 「非加熱」表示の商品 | 公正競争規約に基づく表示基準による | 加熱の有無は規約上のルールに沿って判断される |
結晶を戻すだけなら
結晶化したはちみつを湯煎で戻す場合は、60℃前後を目安に、湯煎という比較的穏やかな加温にとどめる考え方が紹介されています。はちみつは加熱しても大丈夫かでも整理されているとおり、この程度の加温であれば、成分の分解を過度に心配する条件ではないとされています。
加熱調理に使うなら
紅茶に溶かす、焼き菓子や煮込み料理に使うといった場面では、湯煎よりも高い温度や長い時間にさらされることが多くなります。この条件ではHMFが増えやすく、酵素の残存活性も下がりやすいと考えられますが、それは「食品として加熱調理された」という状態であり、危険性を示す数値ではありません。Codex規格の40mg/kgという基準も、加工・流通段階での品質管理を目的としたものです。
「非加熱」表示をどう読むか
国内では、はちみつ類の表示に関する公正競争規約により、「生はちみつ」「非加熱」といった表示に一定のルールが設けられています。「生はちみつ」「非加熱」とは何を指すのかで触れられているとおり、これらの表示は感覚的な言葉ではなく、規約に基づく基準に沿って使われる言葉です。
1歳未満には加熱しても与えない
はちみつには、乳児ボツリヌス症の原因となる菌が混入している可能性があります。この菌の芽胞は熱に強く、家庭での加熱調理程度では死滅しないとされているため、加熱したはちみつであっても1歳未満の乳児には与えないことが、消費者庁・厚生労働省によって周知されています。1歳未満の赤ちゃんにはちみつを与えてはいけない理由は、酵素やHMFの話とは別の注意点として、必ず押さえておく必要があります。
よくある質問
Q:はちみつは何度まで温めても大丈夫ですか? 明確な上限が数値で決まっているわけではありませんが、60℃前後が一つの目安として語られることが多いようです。全国はちみつ公正取引協議会の報告では、結晶を戻す程度の湯煎であれば、分解する栄養成分はほぼないとされています。
Q:HMFとは何ですか?多いと危険ですか? HMF(ヒドロキシメチルフルフラール)は、糖が加熱や保存によって変化する過程で生じる物質です。Codex規格CXS 12-1981では、加工・ブレンド後のはちみつでHMF40mg/kg以下(熱帯産は80mg/kg以下)が目安とされていますが、これは品質管理上の基準であり、含有量の多寡がそのまま安全性を示すものではありません。
Q:はちみつの酵素は加熱するとすべてなくなりますか? すべてなくなるわけでも、まったく変わらないわけでもありません。全国はちみつ公正取引協議会によると、50℃・1時間の加熱で、ジアスターゼは約90%、α-グルコシダーゼは約54%、グルコースオキシダーゼは約25%の活性が残るとされており、酵素の種類によって耐熱性が異なります。
Q:加熱したはちみつを赤ちゃんにあげてもいいですか? 与えないでください。乳児ボツリヌス症の原因となる菌の芽胞は熱に強く、家庭での加熱では死滅しないとされています。加熱の有無にかかわらず、1歳未満の乳児にははちみつを与えないことが、消費者庁・厚生労働省によって注意喚起されています。
六角門は現在、京都で養蜂を軸にした健康ブランドの立ち上げに向けて準備を進めています。まだ蜜蜂を迎える前の段階で、巣箱も採蜜も、これからのことです。今回のようなはちみつの成分にまつわる話も、準備の過程で調べ、確かめていることの一つとして、これからも少しずつ言葉にしていくつもりです。
湯煎で失敗しやすいのは、湯の温度と中身の温度のズレ
湯煎で「60℃前後」と言われると、湯をその温度にすれば済むように聞こえます。ただ、瓶の中のはちみつはゆっくり温まるうえ、瓶の壁に近いところと中心とで温まり方が違います。湯の温度だけ見ていると、中身の温度は分からないままになりがちです。
つまずきやすい点を、手順に沿って並べるとこうなるかなと思います。
- 沸かした湯にそのまま瓶を入れない:瓶の壁に近い部分だけ熱くなりやすくなります。温度計があれば、湯の温度を測ってから瓶を入れる方が安心です。
- ときどきかき混ぜる:結晶が溶けた部分とまだ固い部分を混ぜると、熱が中まで伝わりやすくなります。混ぜないと、外側は液体なのに中心は固いまま、という状態が長く続きます。
- 一気に溶かそうとして湯を足し続けない:溶けないからと熱い湯を何度も足すと、結局、高い温度に長く置くことになります。時間がかかるのは前提として、温度は上げすぎない方がいいと思います。
- 電子レンジは温まり方にムラが出やすい:部分的に熱くなりやすいので、酵素やHMFを気にするなら、湯煎の方が温度を扱いやすいと考えられます。
- 容器の材質を確かめる:耐熱でない樹脂容器だと、変形するおそれがあります。湯煎の前に、耐熱の容器へ移すかどうかを決めておくと慌てずに済みます。
「一回の加熱」より「積み重ね」で考える
本文で触れたとおり、HMFの生成は一次反応速度で進むと報告されています。これを家庭の扱い方に置き換えると、一回ごとの温度だけでなく、温めた回数や時間の合計も効いてくると考えるのが自然かなと思います。
見落としやすいのは次のような場面です。
- 瓶ごと何度も温め直す:使うたびに瓶全体を湯煎すると、その都度、全体が熱にさらされます。使う分だけ小分けにして温めれば、残りには熱がかかりません。
- 温めたあとに置く場所:コンロの横や日の当たる窓辺、夏場の車内のように温度が上がりやすい場所に置いておくのは、ゆるい加熱を続けているのに近い状態です。本文の貯蔵試験の話とつながるところで、加熱と保存は別々の話ではなく、温度と時間が積み重なる同じ流れの中にあると捉えた方が分かりやすいと思います。
- 熱い飲み物に入れるタイミング:淹れたての紅茶は湯煎の目安よりかなり熱いことが多いので、酵素を少しでも残したいなら、少し冷めてから入れるという考え方もあります。とはいえ、本文のとおり、これは危険かどうかの話ではなく、何を優先するかの選択です。