台所の瓶が白く固まっているのを見て、「この蜜は、花のどの段階からこうなる運命だったのだろう」と考える人は、あまり多くないかもしれません。けれど固まりやすさの手がかりは、実は花が蜜をつくる時点ですでに入っています。
この記事の要点
- 花蜜は、動けない植物が花粉を運んでもらうために、虫へ払う報酬です。
- ハチが訪れる花の蜜の糖濃度は6.3〜85%と幅広く、糖の内訳は花の種類ごとに違います。
- 糖の内訳は花が、水分を減らして腐りにくくする仕事はミツバチが受け持ちます。

花はなぜ蜜を出すのか——蜜は虫に払う報酬
蜜は、花が虫に差し出す報酬
花が蜜を出すのは、花粉を運んでくれる送粉者(ポリネーター)に支払う報酬だからです。送粉者とは、花粉を別の花へ運ぶ虫や鳥などの総称です。
動けない植物が花粉を運んでもらうための対価
植物は自分で歩いて相手を探せません。そこで甘い蜜を用意し、蜜を目当てに訪れる虫の体に花粉をつけて、別の花へ運んでもらいます。日本植物生理学会(みんなのひろば 植物Q&A)では、北海道大学地球環境科学研究院の工藤岳氏が、花蜜の生産を送粉者への報酬として説明しています(2025年の回答)。ミツバチが花を巡る営みは、花粉交配というミツバチのもう一つの仕事として農業とも深く結びついています。
蜜の多い花と空の花が混ざっている理由
同じ株のなかに、蜜がたっぷりある花と、蜜のない空花が混ざることがあります。同回答によると、この混在によって送粉者は株から株へ移動しやすくなり、同じ株のなかでの自家受粉が避けられ、他家受粉の成功度が高まると説明されています。蜜を均等に配らないことにも、受粉のための理由があるわけです。
よくある誤解:蜜は花自身の栄養ではない
蜜は花が自分のために蓄えた栄養だと思われがちですが、出典が示す位置づけは報酬です。花は虫に差し出すために、蜜をつくっています。
花の蜜はどこで作られているのか
花蜜は、花の蜜腺にたまった糖の液で、もとをたどれば葉の光合成でつくられた糖です。蜜腺とは、蜜を分泌する組織のことです。
蜜腺は花弁や雌しべの付け根にある
日本植物生理学会(みんなのひろば 植物Q&A)の回答(JSPPサイエンスアドバイザー・今関英雅氏、2008年)によると、蜜腺の多くは花弁や雌しべの付け根にあります。花の奥へ潜るハチが体に花粉をつける位置と重なっているのは、偶然ではなさそうです。
葉で作った糖がショ糖の形で運ばれてくる
同回答では、植物は光合成で作ったデンプンを水に溶けやすいショ糖に変えて運んでおり、蜜は葉から運ばれてきたショ糖が蜜腺にたまったものだと説明されています。ショ糖とは、ブドウ糖と果糖がつながった糖です。この通り道が師管で、ここでは主にショ糖が流れています。つまり蜜の材料は、いったん花の外から届くのです。
花蜜の成分は糖と水、そして少しのアミノ酸
花蜜の主成分は水分で、甘さの原因は高濃度の糖分です。日本植物生理学会(みんなのひろば 植物Q&A)の回答(JSPPサイエンスアドバイザー・佐藤公行氏、2020年)は、成分が花の種類によって変わることも示しています。
ショ糖・ブドウ糖・果糖の3種類
中心となる糖は、ショ糖・果糖・ブドウ糖の3種類です。この3つの比率が花ごとに違うことが、のちの章で見るはちみつの性格の違いにつながっていきます。
糖以外に含まれるもの
同回答によれば、花蜜にはアミノ酸、タンパク質、ミネラルなども含まれます。ここは「含まれる」という成分の事実にとどめます。体にどう働くかは、この記事では扱いません。
花蜜の糖度はどれくらいか——花ごとに大きく違う
花蜜の糖度は、ひとことでは言えません。PeerJに掲載されたPamminger氏らの論文(2019年)では、ハチが訪れる花の蜜の糖濃度444件の測定値が6.3〜85%と報告されています。
444件の測定で6.3〜85%という幅
最も薄い蜜と最も濃い蜜では、10倍以上の開きがあります。ナタネの研究(Bertazzini・Forlani、Frontiers in Plant Science、2016年)でも、1花あたりの蜜量は品種により0.02〜0.75マイクロリットルと、37倍の開きがありました。濃さも量も、花しだいなのです。
20%未満の薄い蜜は避けられる
PeerJの論文は、35〜65%を最適、20〜35%を適、20%未満を低品質と区分しています。そして少なくとも社会性のハチは、糖濃度20%未満の蜜源を避けることを示す証拠があるとしています。
| 糖濃度 | 論文での区分 |
|---|---|
| 35〜65% | 最適 |
| 20〜35% | 適 |
| 20%未満 | 低品質 |
「花蜜は糖度20〜40%」という説明の読み方
よく見かける「花蜜は糖度20〜40%」という説明は、あくまで目安です。実測の幅は6.3〜85%ですから、一括りの数字は「だいたいの中心」くらいに受け取るのが実態に近いと思います。
糖の内訳は花の側で決まっている——ショ糖が多い蜜、少ない蜜
蜜に含まれるショ糖・ブドウ糖・果糖の割合は、花の酵素の働きで種ごとに決まります。糖が蜜腺から出たあとの分解の度合いが、花ごとに違うからです。
蜜腺の酵素が、分泌の途中でショ糖を分ける
Frontiers in Plant Scienceに載ったTiedge・Lohaus氏の論文(2018年)によると、ブドウ糖と果糖は通常は師管液の成分ではありません。蜜腺から出たショ糖が、細胞壁インベルターゼによって分解されて生じます。細胞壁インベルターゼとは、ショ糖をブドウ糖と果糖に分ける酵素です。
ナタネの蜜はブドウ糖が半分前後
ナタネ(Brassica napus)の花蜜は、糖全体に占める割合でブドウ糖48〜62%、果糖33〜48%、ショ糖2〜13%と報告されています(Bertazzini・Forlani、2016年)。花の段階で、すでに単糖が中心なのです。
同じ種ならほぼ一定、種が違えば大きく違う
タバコ属(Nicotiana)では、ショ糖と単糖の比が0.1〜2.0と種によって異なり、同じ種のなかではほぼ一定でした(Tiedge・Lohaus、2018年)。糖の内訳は、花の種類が持つ性格に近いものだと言えそうです。
花が決めたことは、瓶のなかの結晶化にどう表れるか
固まりやすさの違いは、花の段階から
ブドウ糖の多い花蜜から生まれたはちみつは、固まりやすい傾向があります。一般社団法人日本養蜂協会は、ブドウ糖の割合が多い花蜜(ナタネなど)ほど結晶しやすいとしています。
ブドウ糖が多い蜜ほど固まりやすい
養蜂協会の解説では、ミツバチは主成分がショ糖の花蜜を吸い、唾液の転化酵素(インベルターゼ)でショ糖を果糖とブドウ糖に分解します。完成したはちみつでは、ブドウ糖と果糖がそれぞれ30数%を占めます。花の側で決まったブドウ糖の多さが、瓶のなかでの結晶化に引き継がれるわけです。
はちみつの果糖とブドウ糖の幅を数字で見る
国際連合食糧農業機関(FAO)が紹介する米国産はちみつの分析は、次のとおりです。
| 成分 | 平均 | 範囲 |
|---|---|---|
| 果糖 | 38.2% | 27.2〜44.3% |
| ブドウ糖 | 31.3% | 22.0〜40.7% |
| ショ糖 | 1.3% | 0.2〜7.6% |
| 水分 | 17.2% | 13.4〜22.9% |
固まりやすい瓶・固まりにくい瓶の見立て方
FAOの資料では、水分が少なくブドウ糖が多いほど結晶化は速いとされています。固まりやすさは、花の段階のブドウ糖の多さに、水分が重なって決まります。詳しい仕組みは果糖とブドウ糖の比率が決める甘さと結晶のしやすさや、はちみつが白く固まるしくみと戻し方にまとめています。
花が決めないこと——腐りにくさはミツバチの仕事
はちみつの腐りにくさは、花ではなくミツバチの仕事が作ります。花蜜と、できあがったはちみつは別のものです。花蜜から変化していく流れは、花の蜜がはちみつになるまでの成分の変化で追っています。
花蜜のままでは水分が多すぎる
先に見たとおり、花蜜には糖濃度20%未満のものもあります。つまり水分がとても多い状態で、そのままでは保存には向きません。
水分20%程度まで濃くして、ふたをする
日本養蜂協会によると、ミツバチは水分が20%程度になると蜜ろうでふたをします。FAOの資料は、水分18%未満なら発酵のおそれはほとんどないとしています。全国はちみつ公正取引協議会の「はちみつ類の表示に関する公正競争規約」では、水分は20%以下(国産は22%以下)が組成基準です。
糖度と水分活性はここで決まる
水分活性とは、食品のなかで微生物などが利用できる水の目安です。糖が濃くなり水分が減ることで、保存性という食品の性質が整います。くわしくは糖度と水分活性の違いと、はちみつが腐らない理由をご覧ください。
ラベルと基準に残る花の痕跡
はちみつの規格には、花の違いを前提にした例外が書き込まれています。花が決めた糖の内訳が、基準の側にも表れているのです。
しょ糖5g/100g以下という基準と、蜜源ごとの例外
一般社団法人全国はちみつ公正取引協議会の規約では、はちみつは、みつばちが植物の花蜜などを集め、巣に貯え、熟成した天然の甘味物質と定義されます。組成基準は、果糖及びぶどう糖含有量60g/100g以上、しょ糖5g/100g以下で、特定の採蜜源にはしょ糖10〜15g/100g以下の例外があります。FAO掲載のCodex規格(はちみつ)でも、見かけのショ糖含有量は原則5%以下ですが、ロビニア(ニセアカシア)、ラベンダー、シトラス、アルファルファなどは10%以下まで認められています。
単花蜜の名前から読み取れること
Codex規格では、花蜜はちみつは花の蜜腺に由来するはちみつと定義されています。単花蜜とは、主にひとつの花の蜜から採れたはちみつのことです。ニセアカシア(Robinia)などの名前は、産地の話にとどまらず、糖の内訳の個性も示しています。違いは単花蜜と百花蜜の違いで整理しました。
散歩道と台所で役立つ、花蜜の見方
花の蜜を知ると、散歩道の花も台所の瓶も、少し違って見えてきます。
同じ花でも朝と昼、晴れと雨で蜜は変わる
出典として扱う資料に、時間帯や天気による蜜の変化を示す数字はありません。ただ、蜜の量や濃さに花ごとの幅があることは、ここまで見てきたとおりです。年ごとの味の違いは同じ花でも年ごとに味が変わる理由に、花のありかを仲間に伝える営みはミツバチが花のありかを仲間に伝える8の字ダンスにあります。蜜源植物という考え方も合わせて読むと、花と蜜の関係が立体的に見えてきます。
瓶を選ぶとき・固まったときの考え方
白く固まるのは、ブドウ糖が結晶になった状態です。ナタネのように花の段階でブドウ糖が多い蜜は固まりやすい、と知っておくと、瓶が固まっても落ち着いて受け止められます。
1歳未満の赤ちゃんには与えない
はちみつは、1歳未満の乳児には与えないでください。乳児ボツリヌス症の恐れがあるため、消費者庁・厚生労働省が注意を呼びかけています。理由は1歳未満の赤ちゃんにはちみつを与えてはいけない理由で詳しく説明しています。
よくある質問
Q:花の蜜の糖度は何パーセントくらいですか?
ハチが訪れる花の蜜の糖濃度は、PeerJの論文(2019年)で444件の測定値が6.3〜85%と報告されています。同論文は35〜65%を最適としています。
Q:花の蜜とはちみつは同じものですか?
別のものです。花蜜は水分が多く、ミツバチが転化酵素で糖を分解し、水分20%程度まで濃くしたものがはちみつです。
Q:花はなぜわざわざ甘い蜜を出すのですか?
花粉を運ぶ送粉者への報酬です。蜜の多い花と空花が混ざるのも、他家受粉の成功度を高めるためと、日本植物生理学会(みんなのひろば 植物Q&A)で説明されています。
Q:花の蜜はショ糖だけでできているのですか?
ショ糖・ブドウ糖・果糖の3種類が中心です。ナタネのように、花の段階でブドウ糖が48〜62%を占め、単糖が中心の蜜もあります。
Q:はちみつが固まりやすいかどうかは、花の段階で決まっているのですか?
ブドウ糖の多さには、花の影響が大きく出ます。ただしFAOの資料にあるとおり、水分が少ないほど結晶化は速くなります。このため花だけでなく、水分の量でも変わります。
Q:ツツジやサルビアの花の蜜を吸っても大丈夫ですか?
おすすめしません。有毒な種類があり、見分けが難しいためです。なおはちみつも、1歳未満の乳児には与えないでください。
六角門は、京都で養蜂を軸にした健康ブランドを準備しています。まだ蜜蜂を迎える前の段階で、花と蜜蜂、はちみつについて調べたことを、この「読みもの」に少しずつまとめています。これから確かめたいことも、わかった範囲でお伝えしていきます。
花の糖の内訳には「型」がある——ショ糖優勢型・単糖優勢型という分け方
本文では、ナタネのようにブドウ糖が多い蜜と、タバコ属のように種ごとに比率が違う例を見ました。研究の世界では、こうした違いを「型」に分けて比べる方法がよく使われます。そこまで知っておくと、個別の数字がばらばらに見えにくくなるかなと思います。
ショ糖と単糖の比で4つに分ける
広く参照されているのは、Baker夫妻(Baker & Baker、1983年)の分類です。ショ糖の量を、ブドウ糖と果糖を合わせた量で割った比を使います。
| ショ糖÷(ブドウ糖+果糖) | 区分 |
|---|---|
| 1より大きい | ショ糖優勢(sucrose-dominant) |
| 0.5〜1 | ショ糖リッチ(sucrose-rich) |
| 0.1〜0.5 | 単糖リッチ(hexose-rich) |
| 0.1未満 | 単糖優勢(hexose-dominant) |
本文のナタネの数字(ショ糖2〜13%)を当てはめると、単糖リッチから単糖優勢のあたりに入りそうです。論文で「hexose-dominant」と書かれていたら、「ブドウ糖と果糖が中心の蜜」と読み替えれば大きく外れないと思います。
型と訪れる生きものの関係は「傾向」として読む
同じ流れの研究では、長い口をもつハチや鳥が訪れる花にはショ糖の多い蜜が、口の短いハチやハエが訪れる花には単糖の多い蜜が多いという傾向が報告されています。ただ、例外も多いとされていて、「この型ならこの虫」と断定できる関係ではないようです。散歩道の花で当てはめるときは、あくまで傾向の話として受け取るのがよいかなと思います。
一般的な手順
- 測る花に、前もって袋をかける 虫が訪れると蜜が吸われてしまうので、目の細かい網袋などで覆っておきます。こうすると「花が出した量」を測れます。袋をかけずに測った値は「その時点で残っていた量」で、意味が変わります
- 細いガラス管(マイクロキャピラリー)で吸い取る 蜜はごく少量なので、毛細管の力で吸い上げ、管に入った長さから量を見積もります
- 携帯型の屈折計(Brix計)にのせて読む Brixはショ糖に換算した糖の濃さで、ブドウ糖や果糖が多い蜜でも、ショ糖ならこの濃さという目安として出てきます
ずれやすいポイント
- 日なたや風のなかでは、測る前に蜜が濃くなる 量がごく少ないため、採ってから読むまでに水分が飛びやすいようです。採ったらすぐ読むのが基本です
- 蜜が少なすぎて屈折計にのらない 1花分で足りない場合は、同じ株の複数の花を合わせることがあります。そのときは「花ごとの値」ではなく「平均」になる点に注意が要ります
- Brixでは糖の内訳はわからない ショ糖が多いのかブドウ糖が多いのかは、屈折計では分かりません。内訳を見るには、研究機関の分析(クロマトグラフィーなど)が必要です
- 採ってよい植物かを確かめる 保護されている植物や、他人の庭・畑の花には手を出さないのが前提です。本文のとおり、有毒な種類もあるので口には入れないでください
Codex規格は「花蜜はちみつ」と「甘露はちみつ」を分けている
FAO掲載のCodex規格(はちみつ)では、花の蜜腺に由来する「花蜜はちみつ(blossom honey)」と別に、「甘露はちみつ(honeydew honey)」を定めています。甘露はちみつは、植物の生きた部分からの分泌物や、植物の汁を吸う虫(アブラムシなど)が出した液をミツバチが集めたものとされています。
基準の数字も花蜜はちみつとは違う
同規格では、果糖とブドウ糖の合計が、花蜜はちみつで60g/100g以上なのに対し、甘露はちみつ(およびその混合)は45g/100g以上とされています。材料が花ではないぶん、糖の内訳も違ってくるということだと思います。「花が決めたことが瓶に表れる」という見方が当てはまるのは、主に花蜜はちみつの話だと考えておくと、ラベルや海外の資料を読むときに混乱しにくいかなと思います。