この記事の要点
- 花の蜜は水分約60%のショ糖水溶液で、はちみつとは成分の組成が異なります
- ミツバチの転化酵素がショ糖を分解し、ブドウ糖と果糖に変えます
- 翅の風で水分を60%から20%程度まで蒸発させ、蜜蓋で完成の合図とします
- 公正競争規約では水分20%以下(国産22%以下)、果糖及びブドウ糖60g以上/100gなどが基準です
瓶の中の琥珀色の液体を見て、「これは花の蜜がそのまま集まったものだ」と思っている人は少なくないと思います。実際には、ミツバチが集めてきた花の蜜と、私たちが食べているはちみつは、成分としてはかなり違うものです。主成分の糖の種類が変わり、水分量も3分の1近くまで減っています。花から蜜が採れてから瓶に収まるまでに何が起きているのか、成分の変化という切り口で見ていきます。

花の蜜とはちみつは、成分的には別の食べもの
花の蜜とはちみつは、糖の種類も水分量も異なる、成分的には別の食べものです。見た目も味も似ているため同じものだと思われがちですが、ミツバチの体内と巣の中でいくつかの変化を経て、はじめて「はちみつ」と呼べる状態になります。
採ってきたばかりの花蜜はさらさらの砂糖水に近い
植物が花の中に分泌する蜜は、主成分がショ糖(砂糖の主成分と同じ糖)で、水分を多く含んだ状態です。日本養蜂協会の解説によれば、花蜜の主成分はショ糖であり、この段階ではまだ水分の多いさらさらとした液体にすぎません。とろみのある食品としてのはちみつとは、粘度も甘みの質もまだ違います。
公正競争規約が定める「はちみつ」の条件
はちみつとは、全国はちみつ公正取引協議会の定義では「みつばちが花みつを採集し、巣房に貯え熟成した天然の甘味物質」です。単に集めてきただけの花蜜はこの定義を満たさず、巣の中で熟成という工程を経てはじめて「はちみつ」と呼べます。同協議会が運用する「はちみつ類の表示に関する公正競争規約」では、成分についても具体的な組成基準が定められています。この基準の中身は、記事の後半で改めて数字とともに見ていきます。
第一の変化——ミツバチの酵素が、ショ糖をブドウ糖と果糖に分ける
花蜜からはちみつへの第一の変化は、ミツバチの持つ酵素がショ糖をブドウ糖と果糖に分解することです。この分解は、ミツバチが花蜜を巣まで運ぶあいだに、体内ですでに始まっています。
蜜胃という「運搬用の胃」
働き蜂は花から吸った蜜を、消化のための胃とは別にある蜜胃という器官に一時的にためて巣まで持ち帰ります。蜜胃とは、栄養を吸収するための消化器官ではなく、蜜を運ぶための貯蔵袋のような役割を果たす部位です。この運搬の過程で、蜜はすでにただの液体ではなくなり始めています。
転化酵素がショ糖のつながりをほどく
日本養蜂協会の解説によると、花蜜は働き蜂の唾液に含まれる転化酵素の働きによって、果糖とブドウ糖に分解されます。転化酵素とは、ショ糖という二つの糖がつながった分子を切り離し、ブドウ糖と果糖という単独の糖に分ける酵素です。この反応は転化と呼ばれ、ショ糖という一つの糖が、性質の異なる二つの糖に置き換わる過程にあたります。ブドウ糖とショ糖では甘みの感じ方や結晶のしやすさが違うため、この段階で花蜜とはちみつはすでに別の糖組成を持ち始めていることになります。
第二の変化——翅の風が、水分を60%から20%へ飛ばす
翅の風が蜜を濃縮し、蜜蓋が完成の合図になる
花蜜からはちみつへの第二の変化は、水分を大幅に蒸発させる濃縮の工程です。糖の組成が変わるだけでなく、水分量そのものが大きく減ることで、はじめてとろみのあるはちみつらしい状態になります。
巣全体が乾燥機になる
巣に持ち帰られた蜜は巣房と呼ばれる小さな部屋に薄く貼り付けられ、働き蜂たちが翅で風を送ることで水分の蒸発が進められます。日本養蜂協会の解説では、ミツバチが翅で風を起こして水分を蒸発させると説明されています。花蜜の段階では水分が多くさらさらとした状態だったものが、この送風によって少しずつ水分を失い、とろみを増していきます。巣という空間全体が、蜜を濃縮するための乾燥装置のように機能していると言えます。
蜜蓋は「完成」の合図
働き蜂は、蜜の水分が20%程度まで下がったところで、巣房にみつ蝋のふたをします。これが蜜蓋と呼ばれるもので、蜜蓋とは、濃縮が十分に進んだ蜜を密閉して貯蔵するための、みつ蝋製のふたを指します。蜜蓋がされることは、その巣房の中身が花蜜からはちみつへの変化をほぼ終えたことの目安になります。採ってきたばかりの花蜜が水分約60%のさらさらの液体だったのに対し、蜜蓋がされる頃には水分は20%程度まで減っており、この差がとろみと保存性の違いにそのままつながっていきます。
できあがった成分表——数字で見る、はちみつの中身
こうして完成したはちみつの中身は、糖が大部分を占め、水分が少ないという組成にまとまります。この組成は、公正競争規約という公的な基準によって数値で定められています。
果糖及びブドウ糖60g以上・ショ糖5g以下という基準
全国はちみつ公正取引協議会の組成基準では、果糖及びブドウ糖含有量が100gあたり60g以上、ショ糖含有量が100gあたり5g以下と定められています。日本養蜂協会の解説でも、糖分はおおよそ成分の8割弱を占め、そのうちブドウ糖と果糖がそれぞれ30数%ずつを占めるとされています。花蜜の主成分がショ糖だったのに対し、完成したはちみつではショ糖はごくわずかにまで減り、代わりにブドウ糖と果糖が大部分を占める構成に置き換わっています。
国産の水分基準が22%以下である理由
同協議会の組成基準では、水分含有量は20%以下、国産はちみつについては22%以下と定められています。日本養蜂協会の解説にある「水分20%程度で蜜蓋をする」という工程上の目安と、公正競争規約の数値基準はおおむね対応しています。国産はちみつの基準がわずかに幅を持たせてあるのは、採蜜時期や地域による違いを踏まえたものと考えられますが、いずれにしても花蜜の水分約60%からは大きく減っている点は共通しています。
この成分が、結晶化と保存性を説明する
白い結晶はブドウ糖の性質、劣化のサインではない
はちみつの結晶化と保存性は、どちらも成分の組成から起きる自然な現象として説明できます。糖の種類と水分の少なさという、ここまで見てきた成分の変化が、そのまま台所で目にする現象の理由になっています。
白く固まるのはブドウ糖の性質(劣化ではない)
農林水産省の資料によれば、はちみつが白く固まるのはブドウ糖の作用によるもので、ブドウ糖の含有量が多いほど結晶しやすく、15℃前後から結晶しやすくなるとされています。日本養蜂協会の解説でも、ナタネなどブドウ糖を多く含む蜜は結晶しやすいと説明されています。農林水産省は、結晶化しても成分が変化したわけではないとも述べています。白く固まる現象は品質が落ちたことを示すものではなく、ブドウ糖という成分がもともと持っている性質が表れたものです。固まってしまったはちみつの扱いに迷ったときは、白く固まったはちみつの戻し方も参考になります。
水分の少なさと糖度の高さが微生物を寄せつけない
はちみつの水分が20%前後にまで抑えられ、糖の濃度が高い状態になっていることは、食品として傷みにくい性質につながる要因とされています。水分が少なく糖が多いという組成そのものが、開封前の保存性の高さの理由です。この点をもう少し詳しく知りたい場合は、はちみつはなぜ腐らないのか——糖度・水分活性・酸性度の話で扱っています。また、市場に出回るはちみつには純粉蜜のほか加糖や精製を経た製品もあり、ラベル表示の区分については純粋・加糖・精製というラベルの区分で整理しています。
まとめ——瓶の中身は、ミツバチの仕事の記録
花の蜜からはちみつへの変化は、大きく二段階に分けられます。一つは転化酵素によるショ糖からブドウ糖・果糖への分解、もう一つは翅の風による水分約60%から20%前後への濃縮です。この二つの変化を経て、はじめて全国はちみつ公正取引協議会が定める組成基準を満たす「はちみつ」になります。瓶に収まった一滴は、ミツバチが蜜胃で運び、唾液の酵素で分解し、翅で風を送って濃縮するという一連の仕事の記録とも言えます。日齢によって働き蜂の役割が分担されていることについては、日齢で変わる働き蜂の仕事の分担で扱っています。
1歳未満の赤ちゃんには与えない(加熱でも防げない)
厚生労働省は、1歳未満の赤ちゃんがはちみつを食べると乳児ボツリヌス症にかかることがあると注意を呼びかけています。ボツリヌス菌は熱に強く、通常の加熱や調理では死滅しないため、はちみつを使った飲料や菓子であっても、1歳未満の子どもには与えないようにする必要があります。詳しくは1歳未満の赤ちゃんにはちみつを与えてはいけない理由でも取り上げています。
よくある質問
Q:花の蜜とはちみつは何が違うのですか? 主成分と水分量が異なります。花の蜜は主成分がショ糖で水分約60%の状態ですが、はちみつはミツバチの転化酵素によってショ糖がブドウ糖と果糖に分解され、水分も20%以下(国産は22%以下)まで減った状態を指します。同じ「蜜」という言葉を使っていても、成分としては別のものです。
Q:はちみつはできるまでに何日くらいかかりますか? 巣に運び込まれた蜜が十分な濃度になるまでには、巣内での濃縮作業に数日を要すると一般に言われています。働き蜂による送風で水分が20%程度まで下がり、蜜蓋がされた状態が完成の一つの目安とされています。
Q:はちみつが白く固まったのは砂糖を混ぜたからですか? いいえ、砂糖を加えたことによるものではありません。農林水産省の資料によれば、白く固まるのはブドウ糖の性質による自然な結晶化で、ブドウ糖の含有量が多いほど、また15℃前後の温度で結晶しやすくなるとされています。結晶化しても成分が変化したわけではないと説明されています。
六角門は、京都でミツバチを迎える準備を進めているブランドです。まだ巣箱も、採蜜も、商品も手元にはありませんが、こうして花の蜜がはちみつに変わる仕組みを調べることも、その準備の一部だと考えています。これから蜂を迎えたときに、今日知ったことを実際の巣の中で確かめられたらと思っています。
翅の風の前にある工程——口移しと、もう一つの酵素
本文では「酵素による分解」と「翅の風による濃縮」の二段階で整理しました。ただ、そのあいだには見落とされやすい工程がいくつかあります。
一つは蜜の受け渡しです。外で蜜を集めた働き蜂は、巣に戻っても自分で蜜を巣房に入れるわけではありません。巣の中で働く蜂に口移しで渡す、と一般に説明されています。受け取った蜂は、口の先に蜜を小さな粒のように出しては吸い戻す動作を繰り返します。そのあいだに蜜の表面から水分が飛び、唾液の酵素も加わっていきます。翅の風で乾かす前に、口元での小さな濃縮がもう始まっているイメージかなと思います。
もう一つは、ショ糖を分ける転化酵素とは別の酵素、グルコースオキシダーゼです。この酵素はブドウ糖の一部をグルコン酸と過酸化水素に変えるとされています。はちみつがやや酸性を示すことや、薄まったときに抗菌性を示すことに関わっていると考えられています。つまり、蜂がしているのは甘さの組み替えだけではありません。酸味や日持ちに関わる成分も加えている、と捉えるとわかりやすいと思います。
出発点は花ごとに違う——「花蜜=ショ糖」の例外
本文では花蜜の主成分をショ糖として説明しました。ただ、これは大まかな話です。実際には、植物の種類によって花蜜の糖の組み合わせがかなり違うことが知られています。ショ糖が多い花蜜もあれば、最初からブドウ糖と果糖の割合が高い花蜜もあります。アブラナ科の花蜜は後者の例として挙げられることが多いです。ナタネのはちみつが結晶しやすいと言われる背景の一つにも、これがあると考えられます。
花蜜の水分量も一定ではありません。本文では「約60%」を目安にしましたが、花の形や気温、湿度、時間帯によって濃さは変わるとされています。「60%から20%へ」はあくまで代表的な流れです。どれだけ水を飛ばす必要があるかは、その年、その花の条件で変わります。そう捉えておくと、一種類の花から採ったはちみつ(単花蜜)ごとに色や固まりやすさが違う理由も理解しやすいと思います。
蜜蓋だけでは判断しきれない——熟度の見極めと、つまずきやすい点
蜜蓋は完成の目安です。ただ、養蜂の現場では蜜蓋だけで採蜜のタイミングを決めるわけではない、と言われています。巣枠(巣箱に並ぶ木枠で、巣房が並ぶ一枚一枚)の一部にしか蓋がない段階で採ると、まだ水分の多い蜜が混ざってしまうからです。
判断の手がかりとして一般によく紹介されるのは、次のようなものです。
- 蜜蓋のかかり具合を見る:巣枠全体のうち、どのくらいの巣房に蓋がかかっているかを確認する
- 巣枠を軽く振ってみる:蓋のない巣房から蜜が飛び散るようなら、まだ薄いと判断する
- 屈折計(糖度計・はちみつ用の水分計)で測る:目で見るより確実に、水分を数値で確かめられる
どれか一つで決めるより、組み合わせて判断するのが基本のようです。
つまずきやすいのは、水分が多いまま採ってしまったはちみつです。水分が高いと、はちみつに含まれる酵母が働いて発酵しやすくなります。泡が出たり、酸っぱいにおいがしたりすることがあるとされています。本文で触れた保存性の高さは、十分に濃縮されたはちみつが前提の話です。
もう一つは、はちみつが湿気を吸いやすいことです。糖の濃度が高いぶん、空気中の水分を取り込みやすくなっています。フタを開けたままにしたり、濡れたスプーンを入れたりすると、表面の水分が増えて傷む原因になりかねません。湿度の高い梅雨の時期は、特に気をつけたいところだと思います。
最後に、買う側から見た話です。市販品のラベルから、水分量やブドウ糖と果糖の割合を直接読み取るのは難しいことが多いです。栄養成分表示では、糖は「炭水化物」としてまとめて書かれるのが一般的だからです。成分の違いはラベルよりも、固まりやすさや粘り、味わいといった性質から感じ取ることになるのかなと思います。