この記事の要点

  • ミツバチは蜜を集める行動のついでに花粉を運び、農作物の受粉を助けています
  • ミツバチが選ばれる理由は、同じ花を回り続ける定花性と、群れごと管理できる扱いやすさにあります
  • イチゴのハウス栽培では冬に虫がいないため、ミツバチが受粉の担い手として使われています

イチゴ狩りのハウスに入って、赤い実の間を小さな羽音が飛び交っているのを見たことがある方は多いと思います。あれは迷い込んだ虫でも、甘い匂いに誘われた偶然の来客でもありません。農家が意図して連れてきた、いわば「働きに来ている」ミツバチです。はちみつを採るための存在だと思われがちなミツバチですが、実は日本の農業のかなりの部分が、ミツバチによる受粉の仕事に支えられています。今回は、そのもう一つの仕事について整理してみます。

冬のイチゴハウスで白い花にとまる蜜蜂と、奥に置かれた木製の巣箱

花粉交配(ポリネーション)とは何か——花とミツバチの取引

花粉交配とは、花の雄しべの花粉が同じ花や別の花の雌しべに運ばれ、受精が起こることを助ける営みを指します。英語のポリネーションという言葉のほうが、農業やビジネスの文脈では通りが良いかもしれません。植物にとっては次の世代を残すための仕組みであり、ミツバチにとっては食料を得るための行動の副産物です。この二者の利害が偶然かみ合っているところに、花粉交配という現象の面白さがあります。

受粉とは——花粉が雌しべに届くこと

受粉とは、雄しべでつくられた花粉が雌しべの先端(柱頭)に付着することです。受粉が起こると、そこから花粉管が伸びて受精が進み、果実や種子ができていきます。植物自身は動けないため、花粉を運ぶ手段が必要になります。風に運ばせる植物もありますが、多くの果物や野菜は虫に花粉を運んでもらう形を選んでいます。虫を利用して受粉する植物を虫媒花と呼び、イチゴをはじめとする多くの栽培作物がこれにあたります。

ミツバチは蜜を集めるついでに花粉を運んでいる

セイヨウミツバチが花を訪れる目的は、あくまで蜜と花粉を自分たちの食料として集めることです。花の奥にある蜜を吸おうと花に潜り込んだり、脚で花粉をかき集めたりするうちに、全身に花粉が付着します。そのまま次の花へ移動すると、体についていた花粉の一部が新しい花の雌しべに触れ、結果として受粉が成立します。ミツバチにその花を受粉させようという意図はありません。あくまで自分の食料集めの結果として、植物の受粉を助けてしまっているというのが実際のところです。どの花に向かうかという判断には、8の字ダンスで花のありかを仲間に伝える仕組みも関わっており、群れ全体で効率よく花を回る工夫がなされています。

なぜミツバチが選ばれるのか——定花性・毛・群れという三つの理由

花粉交配を担える虫は他にもいますが、農業の現場で広く使われているのはミツバチです。その理由は、一匹あたりの能力というより、農業という営みとの相性の良さにあります。整理すると、大きく三つの条件に分けられます。

同じ種類の花を回り続ける「定花性」

定花性とは、一匹の虫が一定期間、同じ種類の花を集中して訪れ続ける性質のことです。ミツバチにはこの定花性が強く見られます。ある個体がイチゴの花を訪れ始めると、しばらくの間はイチゴの花ばかりを回り、途中でほかの種類の花に浮気することが少ないとされています。これは受粉の成功率にとって重要な意味を持ちます。もしミツバチがイチゴの花とタンポポの花を無差別に行き来していたら、イチゴの雌しべに届く花粉の多くはイチゴ以外のものになってしまい、受粉としては役に立ちません。同じ花を回り続けるからこそ、同じ種類の花粉が確実に運ばれるのです。

全身の毛に花粉がつく体のつくり

ミツバチの体は、細かい毛でびっしりと覆われています。この毛は静電気を帯びやすく、花に近づいただけで花粉が吸い寄せられるように付着すると言われています。さらにミツバチは後脚に「花粉かご」と呼ばれる部位を持ち、集めた花粉を巣に持ち帰る習性があります。花粉を意図的に集めようとする行動そのものが、結果的に体表への花粉付着量を増やし、受粉の効率を高めているわけです。

巣箱ごと運べる——群れで管理できる唯一に近い虫

野生の虫の多くは、特定の場所に呼び寄せることも、必要な時期にまとめて連れていくこともできません。ミツバチは巣箱という単位で群れごと管理できる点で、他の多くの訪花性の虫とは事情が異なります。巣箱ごとトラックで運び、必要なハウスや畑に設置し、受粉の時期が終われば別の場所へ移動させる。この扱いやすさが、農業の現場でミツバチが重宝される大きな理由になっています。実際に働きに出る個体は、日齢によって役割が変わる群れの中の一部です。外勤に出る働き蜂の日齢分業という仕組みがあってこそ、巣箱単位での運用が成り立っています。

イチゴのハウスとミツバチ——冬に働く蜂たち

イチゴのハウス栽培でミツバチが使われる最大の理由は、冬のハウスには受粉を助ける虫が自然にはほとんどいないからです。閉め切られた温室の中に自然に虫が入り込む機会は限られており、放っておくと受粉が不十分になってしまいます。

虫のいない冬のハウスで受粉を担う

露地栽培であれば、季節の花に集まる虫たちが自然に受粉を担ってくれます。しかしイチゴの多くは冬から春にかけて温度管理されたハウスの中で育てられ、外の虫が入りにくい環境に置かれます。そこで農家は、花粉交配用に管理されたミツバチの巣箱をハウス内に設置し、人工的に「訪花する虫がいる環境」をつくり出します。ミツバチたちはハウスの中で日常どおりに花を巡り、蜜と花粉を集める行動を続けるだけですが、その行動がそのままイチゴの受粉を支える仕事になっています。

受粉のむらが果実の形に表れる——きれいなイチゴとミツバチの関係

イチゴの花は、雌しべが多数集まった構造をしています。一つ一つの雌しべに十分な花粉が届かないと、その部分の実が膨らまず、いびつな形や先端が痩せた実になりやすいと言われています。逆に、ミツバチが花全体をまんべんなく訪れ、雌しべの隅々まで花粉が行き渡ると、形の整った実になりやすくなります。スーパーに並ぶ形の良いイチゴの背景には、こうした受粉のむらの少なさが関係しているというわけです。見た目の美しさは味とは別の話ですが、受粉という工程が果実の形に直結している点は、ミツバチの仕事を想像するうえで分かりやすい手がかりになります。

採蜜用と花粉交配用——養蜂にはもう一つの顔がある

農地の脇でトラックから下ろされる木製の巣箱 花粉交配用の巣箱は、必要な畑やハウスへと運ばれていく

養蜂と聞くと、はちみつを採るための営みだと考える方がほとんどだと思います。しかし養蜂には、はちみつを目的とせず、受粉サービスを提供することを目的にした流れがあります。

はちみつのためではなく、受粉のために蜂を飼う

花粉交配用ミツバチとは、農家のハウスや畑に貸し出され、受粉を担うことを目的として管理されるミツバチの群れを指します。この場合、養蜂家や供給業者の関心は蜜の収量ではなく、群れが健全に活動し、決められた期間しっかり訪花してくれるかどうかに向きます。採蜜用の群れとは飼育の目的そのものが異なるため、群れの管理の仕方や出荷のタイミングにも違いが出てきます。はちみつを採る養蜂と、農作物の受粉を支える養蜂は、同じミツバチを扱いながらも別の役割を担っているのです。

飼育届の扱いも変わる——制度が二つの仕事を区別している

日本でミツバチを飼う際には、養蜂振興法に基づく飼育届の仕組みが関わってきますが、花粉交配用としてミツバチを飼う場合には例外的な扱いが設けられているとされています。採蜜を目的とした飼育と、農作物の受粉を目的とした飼育とでは、想定されている運用実態が異なるためです。制度が二つの営みをはっきり区別しているという事実自体が、花粉交配用ミツバチが単なるはちみつ養蜂の延長ではなく、独立した役割を持つ仕事だということを裏づけています。届出に関する具体的な要件については、花粉交配用は飼育届の例外になる場合がある話で詳しく取り上げています。

ミツバチだけではない——マルハナバチと野生のポリネーターたち

温室のトマトの黄色い花にとまるマルハナバチ マルハナバチは振動を使ってトマトの花粉を運ぶ

農作物の受粉を担う虫は、ミツバチだけではありません。ポリネーターとは花粉を運ぶ生き物全般を指す言葉で、ミツバチはその代表格ではあっても、唯一の存在ではありません。

トマトの温室で働くマルハナバチ

トマトの花は、ミツバチが得意とする蜜の集め方とは少し相性が異なり、花を振動させて花粉を飛ばす「振動受粉」という方法に適した虫が好まれます。この役割で広く利用されているのがマルハナバチです。マルハナバチは羽ばたきによる振動で花粉を花から弾き出すように振るう動きが得意とされ、トマトの温室栽培では主力の花粉交配用の虫として使われています。ミツバチとマルハナバチは、対象となる作物によって使い分けられているというのが実情です。

果樹を支えるマメコバチと、名もなき野生の虫たち

リンゴやサクランボなどの果樹では、マメコバチという在来のハチが受粉に利用されることがあります。マメコバチは低温でも活動しやすいとされ、桜前線とともに開花する果樹の受粉と相性が良いとされています。こうした管理された虫たちのほかにも、野生のハナバチ類やハナアブなど、名前を知られることのない虫たちが日々、露地の畑や野山の花で受粉を助けています。農業を支えるポリネーションは、ミツバチという一つの種だけで成り立っているわけではなく、多様な虫たちの働きの積み重ねの上にあります。

花が減ると、蜂も農業も困る——ポリネーションから見える循環

ミツバチによる花粉交配は、蜜源となる花が豊富にあってこそ成立する営みです。花粉交配用の巣箱をハウスに置いても、ミツバチ自身が健全に活動を続けるためには、日常的に十分な蜜や花粉を得られる環境が欠かせません。

蜜源植物の減少はミツバチだけの問題ではない

近年、開発や土地利用の変化にともなって、ミツバチが蜜や花粉を集める対象となる蜜源植物が減っているという指摘があります。これは養蜂家にとっての課題であると同時に、花粉交配用のミツバチを利用する農業全体にとっての課題でもあります。ミツバチの群れが弱れば、受粉を担う力も弱まるからです。はちみつの生産と農作物の受粉は別の話のように見えて、実は同じミツバチという生き物の健全さという一点でつながっています。日本で蜜源植物が減っているという話は、この循環を理解するうえで欠かせない視点です。

京都で準備を進めながら、これから確かめたいこと

六角門は、京都で養蜂を軸にした準備を進めている段階です。まだ巣箱もはちみつもありませんが、ミツバチについて調べていく中で、採蜜という営みの向こうに、農業を支える花粉交配というもう一つの仕事があることを知りました。花の蜜がはちみつという形に変わっていく過程と同じくらい、花粉が果実へと変わっていく過程にも興味が引かれます。今後どのようにミツバチと向き合っていくかを考えるうえで、この受粉という仕事についても、引き続き確かめていきたいと思っています。

よくある質問

Q:ミツバチはどうやって農作物の受粉を助けているのですか? ミツバチは蜜や花粉を自分たちの食料として集めるために花から花へと移動しており、その過程で全身の毛についた花粉が別の花の雌しべに触れることで受粉が起こります。ミツバチ自身に受粉させる意図はなく、あくまで採餌行動の結果として受粉が成立しています。

Q:イチゴのハウスにミツバチがいるのはなぜですか? 冬から春にかけて温度管理されたハウスの中には、受粉を助ける虫が自然には入り込みにくいためです。そこで花粉交配用に管理されたミツバチの巣箱を設置し、人工的に受粉の担い手を確保しています。受粉にむらがあると果実の形が崩れやすいとも言われており、まんべんない訪花がきれいなイチゴの形にもつながるとされています。

Q:花粉交配用のミツバチにも飼育届は必要ですか? 日本では養蜂振興法に基づく飼育届の仕組みがありますが、花粉交配用としてミツバチを飼う場合には例外的な扱いが設けられているとされています。具体的な要件は届出解説の記事花粉交配用は飼育届の例外になる場合がある話をご覧ください。

六角門は、京都で養蜂を軸にした健康ブランドの立ち上げを準備しています。まだミツバチを迎える前の段階ですが、養蜂という営みそのものへの理解を深めながら、これからの形を考えているところです。

ハウスに巣箱を入れるときの段取り——置き方と農薬のタイミング

イチゴのハウスに花粉交配用の巣箱を入れるときは、置けば終わりというわけではなく、段取りで気をつけたい点がいくつかあると言われています。

まず入れる時期です。花が咲きそろってから慌てて入れるより、開花が始まる少し前に置いて、蜂にハウスの環境へ慣れてもらう考え方が一般的なようです。閉ざされた空間に入ったばかりの蜂は、ビニールの天井に向かって飛んでしまい、なかなか花に向かわないことがあるとされています。

次に置き場所です。直射日光で巣箱が熱くなりすぎない場所、地面の湿気や結露の影響を受けにくい場所、巣門の前に障害物がない場所が目安になると思います。冬のハウスでは、昼と夜の温度差が蜂の負担になるという指摘もあります。

いちばんつまずきやすいのは農薬です。ハウス内で薬剤を散布するときは、事前に巣門を閉じる、巣箱をハウスの外へ移すといった対応が必要になる場合があります。また、薬剤ごとにミツバチへの影響が残る期間が違うため、散布したあとにいつ巣箱を戻してよいかは、ラベルの表示や地域の農業指導機関の情報で確かめるのが確実かなと思います。ここを曖昧にしたまま進めると、群れを一気に弱らせてしまうおそれがあります。

形の悪いイチゴ=蜂不足とは限らない——原因を切り分ける視点

受粉のむらが果実の形に表れることは本文で触れましたが、実際に形の悪い実が出たとき、すべてを蜂のせいにしてしまうのは早いかもしれません。奇形果の原因として、次のようなものが挙げられることが多いです。

  • 温度:低温や高温が続くと、花粉そのものの受精能力が落ちることがあるとされています。蜂がよく回っていても、花粉の側に問題があるケースです
  • 日照:曇りの日が続くと蜂が外に出にくくなるうえ、株の状態にも影響が出ます
  • 薬剤:散布のタイミングによっては、花や蜂の活動に影響する可能性があります
  • 群れの弱り:巣箱の出入りが明らかに減っているなら、蜂の数や元気そのものを疑う余地があります

蜂が働いているかは、晴れた日中に巣門を出入りする蜂の様子や、花に蜂がとまっている頻度を見ればある程度わかると言われています。蜂は飛んでいるのに形の悪い実が続くなら温度や株の側を、そもそも蜂の姿が少ないなら群れの側を疑う。こういう順番で考えると、原因を絞り込みやすいのかなと思います。

閉じたハウスで群れは消耗しやすい——使ったあとの蜂のこと

見落とされがちなのが、ハウスの中は蜂にとって必ずしも暮らしやすい場所ではないという点です。イチゴの花だけでは群れを維持できるほどの蜜や花粉が得られないことがあり、砂糖液や代用花粉を与えて補う管理が必要になる場合があるとされています。天井にぶつかって力尽きる個体が出ることもあり、長期間のハウス利用で群れが目に見えて小さくなるという話はよく聞かれます。

そのため、受粉シーズンが終わった群れをどうするかも、事前に考えておきたいところです。養蜂家からレンタルして期間が終われば返す形や、群れを購入して使い切る形など、地域や供給元によって扱いはさまざまなようです。返却の条件や、弱った群れを立て直せるのかどうかは、契約前に確かめておくと後で困らないと思います。

ミツバチの受粉を「ハウスに置けば働いてくれる便利な仕組み」とだけ捉えるのではなく、生き物の群れを一時的に預かっているという感覚で向き合うことが、結果として受粉の安定にもつながるのかなと考えています。