この記事の要点

  • はちみつの酵素は花の蜜ではなく、働き蜂の唾液腺の分泌物に由来する、蜜づくりの道具です。
  • 酵素の仕事の結果が、はちみつの高い糖度・弱酸性・腐りにくさとして瓶の中に残っています。
  • 酵素の残り具合はジアスターゼ活性値で測れ、コーデックスは8以上、日本養蜂協会は10以上を目安にしています。
  • 全国はちみつ公正取引協議会は、酵素は微量で摂取による効果を期待するのは現実的でないとしています。

「生はちみつは酵素が生きているから良い」という言葉を見て、酵素とは結局何なのか、加熱すると本当に消えてしまうのか、気になったことのある方は多いのではないでしょうか。この記事では、酵素を栄養としてではなく、ミツバチが蜜に加える「仕事の道具」として整理し、宣伝文句を落ち着いて読むための材料を集めました。

巣板の上で働き蜂が集めた蜜を別の蜂へ口移しで渡している様子を描いた淡彩イラスト

はちみつの酵素はどこから来るのか——花の蜜には、もともとほとんど無い

はちみつの酵素は、花の蜜ではなく、働き蜂の唾液腺の分泌物に由来します。FAO(国連食糧農業機関)の資料は、はちみつに含まれるインベルターゼ、ジアスターゼ、グルコースオキシダーゼをこの分泌物由来としています。花の蜜がはちみつへ変わる過程の核心は、ミツバチが自分の体から加えるものにあります。成分の変化の全体像は「花の蜜がはちみつになるまでの成分の変化」でも整理しています。

酵素とは何か——反応を進める、タンパク質でできた道具

酵素とは、特定の化学反応を進めやすくするタンパク質です。一つの酵素は基本的に決まった相手にだけ働きます。ショ糖を分ける酵素はショ糖を、デンプンを分ける酵素はデンプンを相手にします。栄養素のように「量を摂って役立てるもの」というより、反応を進めるための道具と捉えるほうが実態に近いと思います。

働き蜂の体から蜜へ——口移しのあいだに加わるもの

セイヨウミツバチの働き蜂は、集めた蜜を巣の中で仲間に受け渡し、口から口へと移していきます。FAOの資料が示すとおり、そのあいだに唾液腺の分泌物が蜜に混ざります。酵素は、この受け渡しのなかで加えられる成分です。私自身は養蜂の現場をまだ知りません。ここで書いているのは、公開されている資料から調べた内容です。

五つの酵素、それぞれの仕事——分解する・酸をつくる・守りに関わる

はちみつの主な酵素は、糖を分けるもの、酸と過酸化水素をつくるもの、デンプンを分けるものなどに大別できます。ここでは資料に沿って、代表的な働きを表にまとめます。

酵素相手仕事の結果
インベルターゼ(転化酵素)ショ糖ブドウ糖と果糖に分ける
グルコースオキシダーゼブドウ糖グルコン酸と過酸化水素をつくる
ジアスターゼ(アミラーゼ)デンプンデンプンを分解する。量の目印にもなる
カタラーゼ過酸化水素過酸化水素に関わる酵素

このほか、はちみつには複数の酵素が含まれます。以下では、特に役割がはっきりしている三つを取り上げます。

インベルターゼ(転化酵素)——ショ糖をブドウ糖と果糖に分ける主役

インベルターゼ(転化酵素)は、ショ糖をブドウ糖と果糖に分ける酵素です。花の蜜に多いショ糖が、はちみつではブドウ糖と果糖に置き換わっていきます。はちみつの甘さや性質の土台をつくる、いわば主役の仕事です。

グルコースオキシダーゼ——グルコン酸と過酸化水素をつくる

グルコースオキシダーゼは、ブドウ糖からグルコン酸と過酸化水素をつくる酵素です。はちみつが弱酸性なのはグルコン酸が生じるためで、詳しくは「はちみつが弱酸性なのはグルコン酸のため」にまとめています。ここで述べているのは瓶の中の化学反応の話で、体の中での働きを述べるものではありません。

ジアスターゼほか——デンプンを分解する、量を測る目印になる

ジアスターゼ(アミラーゼ)は、デンプンを分解する酵素です。はちみつの中でデンプンを分解する仕事が目立つわけではありません。むしろ、熱や長い貯蔵で減っていくため、酵素の残り具合を測る目印として使われています。この数字の読み方は、後の章で詳しく述べます。

酵素の仕事は、瓶の中の性質になって残る——糖度・結晶化・腐りにくさ

酵素の働きの結果は、高い糖度、結晶化しやすさ、腐りにくさとして、瓶の中の性質に表れています。

転化が生む高い糖度と、ブドウ糖の結晶化

インベルターゼがショ糖を分けると、ブドウ糖と果糖が生まれます。ブドウ糖は水に溶けにくい性質があり、はちみつが白く固まる結晶化の一因とされています。結晶化は劣化ではなく、糖の性質から起きる現象です。

薄まったときだけ働く守り——濃い蜜の中では休んでいる

FAOの資料によれば、グルコースオキシダーゼは濃いはちみつの中ではほぼ不活性で、薄まったときに働いて過酸化水素を生みます。つまり、この酵素は濃い蜜の中では休んでいる状態です。はちみつが腐りにくい理由は糖度の高さが中心ですが、その全体像は「はちみつが腐らない理由」で詳しく書きました。ここで述べているのは保存性の説明にとどまり、喉や体への作用の話ではありません。

なぜ熱に弱いのか——タンパク質である酵素と、HMFという時計

朝の台所で湯を張った鍋に蜂蜜の瓶を浸し、傍らに温度計を置いた淡彩イラスト 熱の加わり方で、酵素の残り方は変わる

酵素が熱に弱いのは、酵素がタンパク質だからです。加熱すると立体の形が崩れ、働きを失います。

ゆで卵が戻らないのと同じ理屈

卵を加熱すると白身が固まり、冷やしても生卵には戻りません。これがタンパク質の変性です。酵素もタンパク質なので、高い温度が長く続くと形が変わり、元の働きには戻りません。何度で、どのくらい失われるかは、蜜の種類や時間によって変わるため、この記事では特定の温度を断定しません。加熱の安全面と栄養面の整理は「はちみつは加熱しても大丈夫かという疑問」にあります。

HMF——加熱と年月で増える、品質のものさし

HMF(ヒドロキシメチルフルフラール)とは、はちみつの加熱や長い貯蔵で増える物質で、劣化の指標として使われます。FAOの資料は、酵素の減少や欠如を過加熱や長期貯蔵の指標とし、HMFを貯蔵・加熱による劣化の主な指標としています。日本養蜂協会の規格指導要領は、HMFを5.9mg/100g以下と定め、加熱による変質を示す指標として位置づけています。酵素が減るしくみと、HMFが増えるしくみは別ですが、どちらも加熱と時間の履歴を映す「時計」のような役割です。

酵素の残り具合は数字で測れる——ジアスターゼ活性値

酵素の残り具合は、ジアスターゼ活性値という数字で測れます。ジアスターゼ活性値とは、はちみつ中の酵素の量を測る検査の値です。

コーデックス8以上・日本養蜂協会10以上という目安

全国はちみつ公正取引協議会によると、コーデックス規格とEU規則は原則8以上を定めています。酵素濃度が低い蜜については3以上です。中国の業界標準は4以上とされています。日本養蜂協会の規格指導要領は、これより高い10以上を求めています。同協会は、この値を鮮度や加熱処理の有無を判定する指標としています。

基準ジアスターゼ活性値
コーデックス規格・EU規則原則8以上(酵素濃度が低い蜜は3以上)
中国の業界標準4以上
日本養蜂協会10以上

シロップ混入を見破る検査としての顔

シロップが混ざると酵素の量が薄まり、値が下がります。全国はちみつ公正取引協議会は、この性質から、ジアスターゼ活性値が偽和(混ぜ物)の検査にも使われるとしています。酵素は栄養のためというより、品質を確かめるための目印として大切にされている面があります。

「酵素が生きている」という宣伝を、どう読めばいいか

宣伝の言葉は、そのまま受け取らず、公的な見解と照らして読むのがよいと思います。

「生」「非加熱」に公的な定義はない

全国はちみつ公正取引協議会は、「生」「非加熱」といった名称に、世界的に統一された定義はないとしています。表示の読み方は「「生はちみつ」「非加熱」という表示の読み解き方」にまとめました。同協議会は、結晶を溶かす程度の湯煎(50〜60℃)で分解する栄養成分はほぼなく、酵素活性への悪影響も小さいとしています。低温加工の実質的な利点は、香りの保持とされています。さらに協議会は、含まれる酵素は微量で、摂取だけで効果を期待するのは現実的ではないと明記しています。「非加熱のほうが健康に良い」という言い方は、この見解とは合いません。

1歳未満の赤ちゃんには非加熱でも加熱でも与えない

酵素の話と安全の話は別です。厚生労働省によると、ボツリヌス菌は熱に強く、120℃・4分の加熱にも耐え、通常の加熱や調理では死にません。1歳未満の赤ちゃんは腸内環境が未熟で、菌が腸内で増えて毒素を出すおそれがあるため、はちみつやはちみつ入りの食品は与えないよう注意喚起されています。非加熱でも加熱でも同じです。理由の詳細は「1歳未満の赤ちゃんにはちみつを与えてはいけない理由」をご覧ください。

よくある質問

Q:はちみつを加熱すると酵素は全部なくなってしまいますか?

温度と時間によるため、一概には言えません。全国はちみつ公正取引協議会は、結晶を溶かす程度の湯煎(50〜60℃)であれば、酵素活性への悪影響も小さいとしています。一方、FAOの資料は、酵素の減少を過加熱や長期貯蔵の指標としています。

Q:生はちみつの方が酵素が多くて体に良いのですか?

「生」に公的な定義はなく、体に良いと言える根拠も示されていません。全国はちみつ公正取引協議会は、含まれる酵素は微量で、摂取だけで効果を期待するのは現実的ではないとしています。

Q:ジアスターゼ活性値とは何ですか?

はちみつに残っている酵素の量を示す指標です。コーデックス規格は原則8以上、日本養蜂協会の規格指導要領は10以上を目安としています。鮮度や加熱の有無、シロップ混入の確認にも使われます。

六角門は、京都で養蜂を軸にした健康ブランドを準備しています。蜜蜂を迎える前の今は、はちみつや養蜂について、公開されている資料を一つずつ調べているところです。「治す」より「ととのえる」という考え方を大切に、これからも調べたことを、この「読みもの」に書き留めていきます。

ジアスターゼ活性値とHMFは、組み合わせて読む

検査成績書や商品ページにジアスターゼ活性値が書いてあっても、その数字だけでは、蜜に何が起きたのかまでは分かりにくいと思います。HMFと並べて見ると、読み違いを減らせるかなと。

何を測っている数字なのか

ジアスターゼ活性値は、はちみつの溶液にデンプンを加え、デンプンが分解されていく速さから出す値です。デンプンがどれだけ残っているかは、ヨウ素で色をつけて確かめます。コーデックス規格は、この値をシャーデ(Schade)単位で示しています。資料によっては「ジアスターゼ数」「DN」とも書かれます。測り方や単位が違う数字はそのまま比べられないので、まずは単位と検査方法が書いてあるかを確かめるのが一歩目だと思います。

低い値が出たときの読み方

コーデックス規格は、柑橘のように酵素がもともと少ない蜜について、HMFが15mg/kg以下であることを条件に、ジアスターゼ活性値3以上を認めています。つまり「酵素が少ないのは、熱や時間のせいではなく蜜の性質のため」と言えるのは、HMFも低いときに限られる、という考え方です。これを手がかりに整理すると、次のようになります。

ジアスターゼ活性値HMF考えられること
基準以上低い加熱や長い貯蔵の影響は小さいと読める
低い高い過加熱や長い貯蔵の影響が疑われる
低い低い酵素がもともと少ない蜜源か、シロップで薄まった可能性。これだけでは決められない

いちばん迷いやすいのは三つ目かなと思います。シロップが混ざっているかどうかは、糖の由来を調べる別の検査(炭素安定同位体比など)で確かめるとされていて、ジアスターゼ活性値だけで白黒をつけるのは難しいです。

成績書で見ておきたい三つの点

  • 検査日:FAOの資料が示すとおり、酵素は長く貯蔵するあいだにも減ります。数字は検査した時点のものです
  • ロット:同じ商品名でも、採蜜時期や瓶詰めのロットが違えば値も変わりえます
  • 検査機関と方法:どこが、どの方法・単位で測ったか。ここが書かれていない数字は比べようがありません

結晶を溶かすとき・保存するときに、余計な熱をかけない

この記事の前半で書いたとおり、酵素の減り方もHMFの増え方も、熱と時間の積み重ねで決まります。家庭で気をつけられるのは、はちみつにかける熱を増やさないことだと思います。

湯煎で溶かす手順と、つまずきやすい点

  1. 火を止めた湯に瓶を浸ける。直火や、沸いている鍋に入れたままにするのは避けます。全国はちみつ公正取引協議会は、結晶を溶かす程度の湯煎(50〜60℃)なら酵素活性への影響は小さいとしています
  2. 蓋は少しゆるめ、湯が入らないようにする。はちみつは水分が増えると発酵しやすくなるとされています。蓋のすき間や瓶の口から湯が入らないよう、湯の高さは瓶の肩より下にしておくと安心です
  3. 溶けたところから混ぜ、全部を溶かしきろうとしない。底の結晶が残っていても、使う分が柔らかくなれば十分なことが多いです
  4. プラスチック容器は耐熱温度を確かめる。耐熱表示のない容器は、耐熱ガラスなどに移してから温める方が無難です

電子レンジは手軽ですが、一部だけが熱くなりやすいとされます。酵素や香りを気にするなら、湯煎の方が加減しやすいかなと思います。

いちばんつまずきやすいのは、溶かしても冷めればまた結晶し、そのたびに温め直してしまうことです。一回一回は穏やかな温度でも、熱をかける回数が増えればそのぶん熱の履歴は積み重なります。大きな瓶なら、使う分だけ小さな容器に取り分けて温める方が、瓶全体を何度も温めるより熱をかけずに済みます。

保存場所で気をつけたいこと

  • コンロの横、直射日光の当たる窓辺、夏の車内など、温度が上がりやすい場所は避ける
  • 冷蔵庫に入れると結晶化が進みやすいとされるので、常温の涼しい場所が扱いやすい
  • 使うたびに乾いたスプーンを使い、水分や食べかすを入れない

熱い飲み物にはちみつを溶かすときも、酵素はある程度影響を受けると考えられます。ただ、協議会は酵素を摂ることでの効果を期待するのは現実的でないとしているので、ここは気にしすぎなくてよいと思います。香りを楽しみたいなら少し冷ましてから入れる、くらいの付き合い方で十分かなと。