この記事の要点

  • 「生はちみつ」「非加熱」に世界共通の公的な定義は存在しないと業界団体が明言しています
  • 湯煎程度の加温で失われる栄養成分はほぼなく、栄養面での優劣は公式には否定されています
  • 加熱で変わるのは主に香りと風味で、混ぜものの有無を示す「純粋」とは別の話です
  • 乳児ボツリヌス症は加熱の有無と無関係で、生でも加熱済みでも1歳未満には与えられません

店頭で「生はちみつ」と書かれた瓶を手に取り、隣の普通のはちみつと見比べたことがある人は多いと思います。値段は一回り高い。ラベルには「非加熱」「酵素が生きている」といった言葉が並ぶ。けれども、その「生」が何を基準に名乗られているのか、実ははっきりしません。全国はちみつ公正取引協議会は、生はちみつや非加熱といった名称について「世界的に統一された定義は存在しない」と公表しています。この記事では、その事実を出発点に、表示の裏側にある制度と、実際に加熱で変わるもの・変わらないものを整理します。

朝の台所で蜂蜜の瓶を虫眼鏡越しに見つめる、表示を読み解く様子を描いたイラスト

「生はちみつ」に、公的な定義はない

生はちみつという言葉には、法律にも業界規約にも定まった定義がありません。全国はちみつ公正取引協議会は、生はちみつ・非加熱について「世界的に共通した定義は存在しない」と明言しています。はちみつそのものの定義は同協議会の規約に定められていて、「みつばちが植物の花蜜等を集め、巣に貯え、熟成した天然の甘味物質で、定められた組成基準に適合したもの」とされていますが、この定義自体に加熱・非加熱の区別は含まれていません。つまり「生」かどうかは、はちみつの成分規格の話ではなく、製造工程をどう呼ぶかという表示の問題だということになります。

一般に理解されている意味——採蜜したまま、または低温で粗くろ過

定義がないとはいえ、使われ方に共通する傾向はあります。全国はちみつ公正取引協議会によると、生はちみつは一般に「巣房から採蜜した状態のまま、又は比較的低い温度で加温して粗くろ過したもの」と理解されているとされます。強い加熱や微細なろ過工程を経ず、採れた状態に近い形で瓶詰めされたはちみつを指す通称として使われている、というのが実態に近いでしょう。

「純粋はちみつ」とはどう違うのか——混ぜものの有無と加熱の有無は別の話

「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は、しばしば同じ棚で似た文脈で語られますが、指している軸がまったく違います。純粋はちみつとは、水あめや異性化糖などの混ぜものが入っていないことを示す用語です。一方の生・非加熱は、加熱工程の有無や程度についての話です。混ぜものがなく、かつ加熱もされていないはちみつもあれば、混ぜものはないが加熱されているはちみつもあります。純粋・加糖・精製という区分自体の見分け方は、純粋・加糖・精製という3つの区分の見分け方で詳しく扱っています。

そもそも、はちみつはなぜ加熱されるのか

はちみつの加熱は、風味を損なうための工程ではなく、流通に必要な実務上の処理として行われています。結晶を溶かし、ろ過して瓶に詰めるという、はちみつを商品として扱う過程でほぼ避けられない工程です。

結晶を溶かし、瓶に詰めるための加温

はちみつは糖度が高く、時間が経つと果糖とブドウ糖の比率などによって結晶化し、白く固まることがあります。結晶化そのものは品質の劣化ではなく、はちみつの性質上ごく自然に起こる現象です。結晶化のしくみについては白く固まるのは劣化ではない——結晶化のしくみで解説しています。結晶化したはちみつを充填ラインに通したり、瓶から取り出しやすくしたりするためには、湯煎などで温めて液状に戻す工程が必要になります。また、採蜜直後のはちみつには蜜蝋の小片や気泡が混じっていることがあり、これを取り除くろ過の工程でも、わずかに加温して粘度を下げる方法が一般に用いられます。

巣の中の温度と湯煎の温度——どこからが「加熱」なのか、線引き自体がない

ミツバチの巣の中は、活動によって常に一定の温度が保たれています。そのため「体温程度の温度なら加熱ではない」という感覚的な線引きが語られることもありますが、公的にどこからを加熱と呼ぶかという基準は定められていません。全国はちみつ公正取引協議会が指摘するとおり、生・非加熱という言葉自体に世界共通の定義がない以上、温度の線引きも存在しないということになります。湯煎で結晶を溶かす程度の加温を「非加熱」の範囲に含めて表示するかどうかは、事業者ごとの判断に委ねられているのが実情です。

ルールの中に「生」という言葉はない——公正競争規約が認める表示

はちみつ類の表示に関する公正競争規約という業界のルールの中には、そもそも「生」という表示区分自体が存在しません。この規約は、はちみつの表示について事業者団体が自主的に定めたもので、消費者庁と公正取引委員会の認定を受けています。

使ってよいのは「純粋」「Pure」だけ——「生」「天然」「完熟」は解禁を検討中

全国はちみつ公正取引協議会によると、規約の会員が混ぜもののないことを示す用語として使用できるのは「純粋」「Pure」のみです。「天然」「生」「完熟」といった言葉は、現時点では規約上の使用が認められておらず、解禁するかどうかが検討されている段階にとどまります。厚生労働省や消費者庁が所管する食品表示制度とは別に、業界内の自主基準として、使ってよい言葉とその条件がこのように定められているわけです。

つまり「生はちみつ」は、規約の外側で使われている言葉

ここから分かるのは、「生はちみつ」という表示が、公正競争規約という枠組みの外側で使われている言葉だということです。規約違反というわけではなく、規約がそもそも扱っていない領域の表現だと理解するのが正確です。ラベルに「生」とあっても、それは規約が定める品質保証の言葉ではなく、製造工程を説明する事業者独自の呼び方だと捉えておくとよいでしょう。

加熱で何が変わり、何が変わらないのか

湯気の立つ紅茶に蜂蜜を垂らす朝の台所のイラスト 加熱で変わるのは主に香り、栄養ではない

加熱によって栄養面で大きな差が生まれるという見方は、公式には否定されています。一方で、香りや風味には確かな変化が起こります。この二つを分けて理解することが、表示を読み解く上で欠かせません。

栄養と酵素——湯煎程度の加温で分解する成分は「ほぼない」という公式見解

全国はちみつ公正取引協議会は、湯煎程度の加温によって分解する栄養成分は「ほぼない」とし、非加熱のはちみつが通常のはちみつより栄養的に優れているとはいえないという見解を示しています。「酵素が生きているから体に良い」といった訴求を見かけることがありますが、この点については業界団体自身がそうした栄養面での優劣を否定しているというのが実情です。

香りは変わる——揮発とメイラード反応

一方で、加熱によって変化するとされているのが香りです。加温によって香り成分が揮発したり、糖とアミノ酸が反応して新たな香りや色が生まれるメイラード反応が起こったりすることが知られています。栄養素の量ではなく、香りの立ち方や風味の印象が変わる、というのが加熱の実際の影響だと言えます。花の蜜がはちみつになるまでにどのような成分変化が起きているかは、花の蜜がはちみつになるまでの成分の変化でも触れています。

HMFという物差し——組成基準5.9mg/100g以下の意味

加熱の程度を示す客観的な指標のひとつに、ヒドロキシメチルフルフラール(HMF)という成分があります。HMFは糖が加熱されることで生じる物質で、全国はちみつ公正取引協議会の組成基準では、はちみつ100gあたり5.9mg以下(熱帯産のはちみつは8.0mg以下)と定められています。数値が高いほど加熱の影響を強く受けているという目安になりますが、これは「生」かどうかを判定する基準ではなく、あくまではちみつとして満たすべき品質規格の一項目です。加熱と風味・成分の関係についてははちみつを加熱すると風味や成分はどう変わるのかでも整理しています。

「非加熱だから危険」「加熱してあるから安全」——二重の誤解

乳児の手が届かない高い棚に置かれた蜂蜜の瓶のイラスト 加熱の有無にかかわらず、1歳未満には与えない

はちみつをめぐる注意喚起の中でもっとも重要なのが、乳児ボツリヌス症です。そしてこの点については、加熱の有無で安全性が変わるという理解そのものが誤りです。

ボツリヌス菌の芽胞は100℃数分でも生き残る——耐熱性は120℃4分

消費者庁は、ボツリヌス菌の芽胞は100℃数分間の加熱でも生き残ることがあると注意を呼びかけています。厚生労働省の資料でも、ボツリヌス菌は熱に強く、通常の加熱調理では死滅しないとされ、芽胞の耐熱性は120℃4分とされています。家庭や工場での通常の加熱工程では、この耐熱性を上回る条件にはならないため、「加熱してあるから安全」という理解は成り立ちません。厚生労働省によると、国内では1986年以降に3件の食中毒事例、1999年以降に16件の医師からの報告があるとされています。

生でも加熱済みでも、1歳未満には与えない

乳児は腸内環境が未発達なため、ボツリヌス菌が腸内で増殖しやすいとされています。消費者庁は、はちみつおよびはちみつを含む食品には「1歳未満の乳児には与えないで下さい。」という表示が必要だとしています。これは生はちみつであっても、加熱済みの通常のはちみつであっても変わらない注意事項です。乳児ボツリヌス症とはちみつの与え方については、1歳未満の赤ちゃんにはちみつを与えてはいけない理由で詳しく取り上げています。

では、どう選べばいいのか——条件で分ける

栄養面での優劣がほぼないのであれば、選ぶ基準は健康効果ではなく、用途と好みに置くのが実務的です。

花の香りを味わいたいなら——低温加工品とラベルの確認手順

そのままスプーンで味わったり、パンに乗せたりして香りを楽しみたい場合は、比較的低温で加工されたはちみつが向いているとされます。ラベルを確認する際は、「生」「非加熱」といった言葉そのものよりも、蜜源となる花の種類や産地の表記、「純粋」表示の有無を合わせて見ると、どのような蜜からできているかがより具体的に分かります。

目的見るポイント補足
香りを楽しみたい蜜源の花名・産地・「非加熱」表記「生」は規約外の通称と理解する
料理・飲みものに使う蜜源・価格・容量加熱の有無より扱いやすさを優先
混ぜものの有無を確認したい「純粋」「Pure」表示規約が定める唯一の表示

料理や飲みものに使うなら——加熱の有無より蜜源と価格で選ぶ

加熱調理や飲みものに溶かして使う場合は、そもそも使用時にも熱が加わるため、瓶詰め前の加熱の有無による違いを意識する場面は限られます。この用途では、蜜源となる花の種類による風味の違いや、価格、内容量といった実用面から選ぶ方が理にかなっています。

白く固まった・にごっている——劣化ではないサイン

購入したはちみつが白く固まったり、全体がにごって見えたりすることがありますが、これは結晶化という自然な現象であり、品質が劣化したわけではありません。結晶化のしくみと扱い方については白く固まるのは劣化ではない——結晶化のしくみで紹介しています。

よくある質問

Q:生はちみつと純粋はちみつは何が違うのですか? 純粋は水あめなどの混ぜものが入っていないことを示す、公正競争規約上の用語です。生は加熱の程度についての通称で、公的な定義はありません。指している軸が異なるため、同じはちみつが両方に該当することも、片方だけに該当することもあります。

Q:非加熱のはちみつのほうが栄養は豊富ですか? 全国はちみつ公正取引協議会は、湯煎程度の加温で分解する栄養成分は「ほぼない」とし、非加熱のはちみつが栄養的に優れているとはいえないという見解を示しています。栄養面での優劣ではなく、香りや風味の違いとして捉えるのが実態に近いといえます。

Q:はちみつは何度から「加熱」になりますか? 公的にどこからを加熱と呼ぶかという線引きは定められていません。結晶を溶かすための湯煎は一般的な工程として行われており、その温度をどこまで「非加熱」の範囲に含めるかは事業者ごとの判断に委ねられています。加熱の程度を示す客観的な目安としては、HMFという成分の含有量が組成基準の一項目として定められています。

Q:生はちみつなら赤ちゃんに与えても大丈夫ですか? 与えられません。消費者庁と厚生労働省の資料によると、ボツリヌス菌の芽胞は100℃数分間の加熱でも生き残ることがあり、通常の加熱調理では死滅しません。加熱の有無にかかわらず、はちみつは1歳未満の乳児には与えないことが必要です。

六角門は、京都で養蜂を軸にした健康ブランドとして準備を進めています。まだ蜜蜂を迎える前の段階で、巣箱も採蜜も、これからのことです。この記事のように、はちみつの表示や制度にまつわる調べものを重ねながら、いずれ迎える蜂とはちみつのために、事実に基づいた向き合い方を少しずつ整えているところです。