この記事の要点

  • はちみつの保存性は、糖と水・酸・過酸化水素という三つの守りが重なって生まれています。
  • 過酸化水素は、はちみつが水で薄まったときにミツバチ由来の酵素が作り出す、時間差の守りです。
  • 腐りにくいことは無菌を意味せず、ボツリヌス菌の芽胞は残るため、1歳未満の乳児には与えません。

台所の棚の奥で朝の光を受けて静かに佇む、透明なはちみつの瓶

「はちみつは腐らない」は、130年前から調べられてきた

はちみつが腐らない理由は、糖の濃さだけでは説明がつきません。糖と水、酸、そして過酸化水素という三つの守りが、異なる場面で重なり合って働いています。

はちみつの抗菌作用が学術的に最初に認識されたのは、1892年のことです。日本畜産技術協会『畜産技術』2018年4月号に掲載された農研機構の研究者(ストイッチュ・マルコ氏、木村澄氏)の総説によると、オランダの研究者van Ketelが、はちみつの抗菌作用を最初に見いだしたとされています。「腐らない」という言い伝えは、古い伝説というより、130年以上にわたって実験で確かめられてきた性質です。

伝説ではなく、実験で確かめられてきたこと

古代の遺跡から見つかったはちみつが食べられた、という話を耳にすることがあります。ただ、この記事ではそうした逸話には頼りません。出典として使うのは、農研機構の研究者による総説、FAO(国連食糧農業機関)の資料、全国はちみつ公正取引協議会、消費者庁、厚生労働省の公開情報です。測定された数値と、機関が示している注意点を並べて、仕組みを見ていきます。

三つの守り——糖と水・酸・過酸化水素の見取り図

先に全体図を示します。

守り中身効く場面
一つめ:糖と水糖度が約8割で、菌が使える水がほとんどない濃いまま保たれているとき
二つめ:酸pH3.9前後の酸性。酸のもとはグルコン酸濃いままでも、薄まっても
三つめ:過酸化水素酵素が水分を得て作り出すはちみつが薄まったとき

一つめと二つめは、乾いた状態のはちみつがもともと備えている守りです。三つめは、薄まったときに初めて動き出す守りです。全国はちみつ公正取引協議会は、はちみつが長期間腐らない理由として、糖度が約8割と高いこと、水分活性値が低いこと、弱酸性であることを挙げています。三つめの守りは、この二つが崩れかけたときに出番が来ます。花の蜜がはちみつになる過程は、花の蜜がはちみつになるまでの成分変化で詳しく扱っています。

一つめの守り——菌から水を奪う、糖8割の濃さ

はちみつは、菌が増えるために必要な水をほとんど残していません。糖が約8割を占める濃さそのものが、最初の守りです。

FAO(国連食糧農業機関)の資料によると、はちみつの水分は平均17.2%(13.4〜22.9%)で、果糖が38.2%、ブドウ糖が31.3%を占めます。水分は2割に届かず、成分の大半が糖という液体です。

水分活性——菌が使える「自由な水」がほとんどない

水分活性とは、食品に含まれる水のうち、微生物が利用できる「自由な水」の割合を表す指標です。同じ水分量でも、糖や塩が水を抱え込んでいれば、菌が使える水は少なくなります。全国はちみつ公正取引協議会によると、はちみつの水分活性値は0.5〜0.8とされています。

はちみつの中では、水の大半を糖の分子が抱え込んでいます。菌の側から見れば、目の前に水があるのに手が届かない状態です。水分活性が低いとはどういうことかは、水分活性が低いとはどういうことかで数字とともに整理しています。

浸透圧——触れた菌から逆に水を吸い上げる

浸透圧とは、濃度の異なる液体が接したとき、水が薄い側から濃い側へ移ろうとする力です。はちみつは糖の濃度がきわめて高いため、菌の細胞がはちみつに触れると、細胞の水のほうが外へ引き出されます。農研機構の研究者による総説は、過飽和の糖溶液が持つ吸湿性によって細菌が脱水されることを、抗菌作用の一因として述べています。

水を求めて入り込んだ菌が、逆に水を失っていく。この逆転が、一つめの守りの正体です。FAOの資料は、水分が18%未満であれば発酵のリスクはほぼないとしています。なお、水分の規格は全国はちみつ公正取引協議会の公正競争規約で定められており、輸入品は20%以下、国産品は22%以下です。

二つめの守り——レモンに近い酸性という意外な顔

朝の台所ではちみつの瓶がレモンとオレンジの隣に並んでいる淡彩イラスト 甘いはちみつの、意外な酸性の顔

はちみつは甘い食べ物ですが、性質としてははっきり酸性側にあります。菌の多くが苦手とする酸性の環境が、二つめの守りです。

甘さと酸っぱさは別のものとして感じられるため、「はちみつは酸性」と聞くと意外に思う人は少なくありません。酸味を感じないのは、大量の糖が舌の感覚を覆っているからです。

pH3.9前後——多くの菌が苦手な酸性域

pHとは、液体の酸性・アルカリ性の度合いを示す数値です。7が中性で、小さいほど酸性が強くなります。FAOの資料によると、はちみつのpHは平均3.91(3.42〜6.10)です。農研機構の研究者による総説でも、平均約3.9(3.2〜4.5)と報告されています。測定の対象や方法によって幅はありますが、平均は3.9前後で一致しています。全国はちみつ公正取引協議会は、pH3.2〜4.9前後の弱酸性と説明しています。

酸性の環境は、多くの菌にとって増えにくい条件です。糖と水の守りをくぐり抜けた菌がいても、酸がもう一段の壁になります。

酸のもとはグルコン酸——ミツバチの酵素の置き土産

はちみつの酸の主役は、グルコン酸です。グルコン酸とは、ブドウ糖が酵素によって酸化されて生まれる有機酸です。この酵素はミツバチの体に由来し、蜜を巣の中で加工する過程で働きます。つまり、はちみつの酸性は、ミツバチの酵素が糖に手を加えた「置き土産」といえます。

この酵素は、次の三つめの守りでも主役になります。グルコン酸が生まれるしくみを詳しく知りたい方は、グルコン酸が生まれるしくみもあわせて読むと、つながりが見えやすくなります。

三つめの守り——薄まったときにこそ働く、過酸化水素

三つめの守りは、はちみつが水で薄まったときに、酵素が過酸化水素を作り出すことで成り立ちます。濃いはちみつは眠り、薄まると目を覚ます。この時間差が、はちみつの抗菌作用のいちばん面白い部分です。

ミツバチの体からきた酵素、グルコースオキシダーゼ

グルコースオキシダーゼとは、ブドウ糖を酸化してグルコン酸と過酸化水素を生む酵素です。農研機構の研究者による総説によると、この酵素はミツバチの下咽頭腺に由来します。ミツバチが蜜を加工するときに混ぜ込まれ、はちみつの中に残ります。

過酸化水素とは、酸化力によって微生物の働きを抑える物質です。医療の場で使われる消毒液を連想する人もいるかもしれません。ただし、はちみつの中で生まれる量はごくわずかです。食べて体内を殺菌するといった話ではなく、はちみつ自身が薄まったときに自らを守るための仕組みとして理解するのが正確です。

濃いあいだは休眠、薄まると発動——時間差のある守り

グルコースオキシダーゼは、水がほとんどない濃い状態では十分に働けません。はちみつが吸湿したり、水で薄められたりして水分を得ると、活性が高まり、過酸化水素の生成が進みます。FAOの資料は、希釈されたはちみつの抗菌活性は主に過酸化水素によるものだとしています。

全国はちみつ公正取引協議会によると、グルコースオキシダーゼの至適温度は40〜50℃です。この点は、後のFAQで加熱の影響を考えるときに関わってきます。

乾いた状態では糖と水・酸が守り、薄まると過酸化水素が加わる。二つの守りが受け持つ場面をずらすことで、はちみつは条件が変わっても保存性を保ちやすくなっています。

カタラーゼとの綱引き——蜜ごとに強さが違う理由

一方で、過酸化水素の量は一定ではありません。総説によると、その量はグルコースオキシダーゼとカタラーゼの相対的なレベルで決まります。カタラーゼとは、過酸化水素を水と酸素に分解する酵素です。生成する酵素と分解する酵素の綱引きの結果として、最終的に残る過酸化水素の量が決まります。この均衡が蜜源ごとに異なるため、抗菌の強さもはちみつごとに違ってきます。

三つは「重なって」効いている——マヌカという例外も

三つの守りは、それぞれ単独では破られることがあります。だからこそ、重なって働くことに意味があります。

一つめだけでは破られる——耐糖性酵母が起こす発酵

糖の濃さだけに頼っていれば、高い糖度の中でも増える耐糖性酵母には無力です。耐糖性酵母とは、糖の濃度が高い環境でも生きられる酵母のことです。水分が多いはちみつでは、こうした酵母が糖を分解して発酵を起こします。

そこで、酸と過酸化水素が背景で効いています。ただし三つの守りが重なっていても、水分が増えれば、発酵の条件は整ってきます。腐らないはずのはちみつが発酵する理由は、腐らないはずのはちみつが発酵する理由に詳しくまとめています。

マヌカハニーの抗菌性は別系統——メチルグリオキサールの話

マヌカハニーとは、ニュージーランドなどに自生するマヌカの花の蜜から採れるはちみつです。農研機構の研究者による総説は、マヌカ蜜の抗菌性が過酸化水素ではなく、非過酸化物、つまりメチルグリオキサールによるものであると述べています。メチルグリオキサールとは、マヌカ蜜の抗菌性に関わる成分です。

つまり、マヌカは三つの守りとは別の系統の抗菌性を持つ、例外的な蜜です。海外では医療用に管理された製品の研究も行われているという報告がありますが、それはあくまで研究の紹介です。家庭で売られている食品としてのはちみつを、医療的に使うことを勧める話ではありません。

それでも「無菌」ではない——芽胞の生存と、1歳未満への注意

乳児の手が届かない高い棚に置かれたはちみつの瓶を描いた淡彩イラスト 1歳未満の子には、手の届かない場所へ

腐りにくいことと、無菌であることは別です。はちみつには、増殖できないまま生き残っている菌がいる場合があります。

増殖できないことと、死滅することは違う

芽胞とは、細菌が厳しい環境に耐えるために作る、休眠状態の殻のようなものです。厚生労働省によると、ボツリヌス菌の芽胞は耐熱性が高く、120℃で4分加熱しても死滅しません。はちみつの中では菌が増殖できなくても、芽胞のまま生き残ることがあり、通常の調理での加熱では取り除けません。

糖の濃さや酸が抑えているのは、あくまで菌の「増殖」です。菌の「死滅」ではないことは、はっきり区別しておく必要があります。

1歳未満の赤ちゃんには与えない——乳児ボツリヌス症

乳児ボツリヌス症とは、1歳未満の乳児の腸内でボツリヌス菌が増え、毒素を作ることで起こる病気です。消費者庁は、1歳未満の乳児は腸内細菌の環境が整っていないため、はちみつを与えてはいけないと注意を呼びかけています。成人は他の腸内細菌との競争に負けてボツリヌス菌が増えないため、通常は問題にならないとされています。症状としては、数日続く便秘、全身の筋力低下、哺乳力の低下などが挙げられています。

離乳食にも、加熱したはちみつにも、この注意は当てはまります。理由は1歳未満にはちみつを与えてはいけない理由でも整理しています。

開封後の吸湿と発酵——守りが緩む条件

一つめの守りは、水分が増えると弱まります。開封後にふたを開けたままにしたり、濡れたスプーンを入れたりすると、水分が入り込みます。FAOの資料が水分18%未満なら発酵リスクはほぼないとしている以上、水分が上がるほど発酵の条件は近づきます。密閉して、清潔な乾いたスプーンを使うことが、守りを保つ現実的な方法です。

よくある質問

Q:はちみつの殺菌力で傷や喉を消毒できますか?

家庭のはちみつで自己処置をすることは勧められません。はちみつの抗菌作用は、食品としてのはちみつ自身が腐りにくい理由として理解するのが適切です。海外では、医療用に管理されたマヌカ製品についての研究が行われているという報告がありますが、それは品質や無菌性が管理された製品での話です。体調や皮膚のことで気がかりがあれば、医師や薬剤師に相談してください。

Q:賞味期限が切れたはちみつは食べられますか?

腐敗と品質の変化は、別の問題です。はちみつは風味や色が変わることがありますが、それが直ちに傷んだことを意味するとは限りません。確認の手順としては、まず色を見て、次に香りを確かめます。酸っぱい匂いがしたり、泡が出ていたりする場合は、発酵が進んでいる可能性があります。詳しい見分け方は、腐らないはずのはちみつが発酵する理由をご覧ください。

Q:加熱したはちみつは腐りやすくなりますか?

糖度と酸は加熱後も残るため、保存性が大きく下がるわけではありません。一方で、酵素は熱に弱いとされています。グルコースオキシダーゼの至適温度は40〜50℃とされており、過酸化水素による守りは加熱で弱まると考えられます。保存性の主役は、あくまで水分量です。加熱については、はちみつは加熱しても大丈夫かでも取り上げています。全体像を知りたい方は、はちみつが腐らない理由の全体像もあわせてご覧ください。

六角門は、京都で養蜂を主軸にした健康ブランドを準備しています。まだ蜜蜂を迎える前の段階で、いまは養蜂やはちみつのことを調べ、学びながら、その内容を「読みもの」として書きとめています。仕組みを知ったうえで、はちみつと静かに付き合える場所をつくっていきたいと考えています。

はちみつレモンや果物の漬け込みは、守りの外にある

はちみつを水やお湯で割ったり、レモンや果物を漬けたりすると、三つの守りの前提が変わります。ここは誤解されやすいところかなと思います。

まず、一つめの守りがほぼなくなります。果物は水分が多く、漬けているあいだに果汁がはちみつに移ります。その結果、瓶の中は「糖8割の濃い液体」ではなくなり、菌が使える水が増えていきます。

「薄まると過酸化水素が働くなら、むしろ安心では」と考える人もいるかもしれません。ただ、本文で触れたとおり、過酸化水素の量はカタラーゼとの綱引きで決まり、蜜ごとに差があります。果物を漬けた瓶の中身を、過酸化水素がずっと守ってくれるとは考えないほうがいいと思います。過酸化水素は、薄まったはちみつが一時的に持つ守りであって、手作りの漬け込みの保存性を保証するものではありません。

判断の目安としては、次のように分けておくと迷いにくいかなと。

状態守りの状態扱い方
瓶のままのはちみつ三つの守りがそろっている密閉し、乾いたスプーンを使う
水やお湯で割ったもの一つめがほぼない作ったら早めに飲み切る
果物やレモンを漬けたもの一つめが時間とともに弱まる冷蔵し、少量ずつ作って早めに使い切る

漬け込みの瓶で、表面にカビのようなものが出たり、明らかに酸っぱい匂いや異臭がしたりする場合は、無理に食べずに処分するのが無難だと思います。漬け込みは「腐らないはちみつ」の延長ではなく、別の食品として扱う。そう考えておくのがいちばん安全かなと。

固まった(結晶化した)はちみつは、守りが弱まることがある

はちみつが白く固まるのは、結晶化と呼ばれる現象です。主にブドウ糖が結晶として析出することで起こります。固まること自体は劣化や腐敗ではありません。ただ、守りの面では少し注意したい点があります。

ブドウ糖が結晶として抜けると、結晶のすき間に残った液体の部分は、糖に対する水の割合が相対的に高くなると考えられます。つまり、瓶全体の水分量は変わらなくても、液体の部分では一つめの守りが局所的に緩む可能性があります。結晶化したはちみつで発酵が起こりやすくなるといわれるのは、このためです。

ここでつまずきやすいのは、「固まっているのだから、むしろ水分が少なくて安全」と思い込むことです。見た目が固くても、すき間の液体が菌の足がかりになることがあります。結晶化したはちみつで、表面に泡が出たり、酸っぱい匂いがしたりしたら、発酵のサインとして見たほうがいいと思います。

溶かして戻すときは、湯せんでゆっくり温める方法が一般的です。本文で触れたとおり、グルコースオキシダーゼの至適温度は40〜50℃とされ、酵素は熱に弱いとされています。高温で一気に溶かすと、三つめの守りに関わる酵素を弱めることになりかねません。急がず、ぬるめのお湯で時間をかけるのが無理のない方法かなと思います。

「抗菌力の強いはちみつ」は、表示からはほぼ選べない

はちみつの抗菌作用を調べていると、「どのはちみつが強いのか」が気になってきます。ただ、一般的なはちみつのラベルには、抗菌の強さを示す表示はほとんどありません。

理由の一つは、本文にあるとおり、過酸化水素の量が蜜源ごとのグルコースオキシダーゼとカタラーゼのバランスで決まり、一定ではないことです。さらに、酵素は熱に弱いため、加熱の有無や保存の状態によっても変わる可能性があります。同じ花の名前がついたはちみつでも、ロットや扱われ方で差が出ることは十分ありうるかなと思います。

例外はマヌカハニーです。マヌカは抗菌性の系統が別で、メチルグリオキサールなどの数値を表示した製品が流通しています。ただ、その数値は食品としての品質の目安です。本文のFAQで書いたとおり、家庭で傷や喉に使うことを勧める根拠にはなりません。

選ぶときに見るべきなのは、抗菌の強さよりも保存性に関わる点かなと思います。具体的には、水分が多すぎないか(公正競争規約の上限は、国産品22%以下、輸入品20%以下)、密閉できる容器か、使い切れる量か。この三つが現実的な判断基準です。抗菌作用は、はちみつが自分を守る仕組みとして知っておく。そして、どれを買うかはふだんの使い方で決める。それくらいの距離感がちょうどいいのかなと思います。