この記事の要点

  • 未病とは、健康と病気のあいだを連続的に変化する心身の状態を指す概念です
  • 予防は病気を主語にし、未病は心身全体を主語にする、という違いがあります
  • 「未病を治す」は2000年以上前の『黄帝内経』に由来し、江戸期の『養生訓』(1712年)へつながっています
  • 健康寿命と平均寿命の差は男性8.49年・女性11.63年で、未病への関心の背景になっています
  • 現代の養生は食べる・眠る・動く・つながるの4方向に整理でき、行政の指針に具体的な数字があります
  • 症状が続く、または強くなる場合は、養生で抱え込まず医療機関の受診を優先してください

健康診断の結果は「異常なし」なのに、朝の目覚めが重い。よく眠れた気がしない。そう感じたことのある人は少なくないと思います。検査の数値と、自分の実感がずれている——このずれを、どう扱えばいいのか分からないまま放置している人は多いのではないでしょうか。実はこの状態には、すでに名前がついています。

半分開いた障子から朝の光が差し込み、畳に影と光の境目が伸びる静かな和室の淡彩画

未病とは——健康か病気かの二択ではない、という考え方

健診結果に「要経過観察」とだけ書かれていて、病名は告げられないけれど手放しで健康とも言えない。そんな中途半端な状態に名前をつけたのが「未病」という言葉です。未病とは、心身の状態が健康と病気のあいだを連続的に変化しており、その変化の過程全体を表す概念のことです。白黒の二択ではなく、あいだに無数のグラデーションがある、という考え方が出発点になります。

庭の飛び石がそれぞれ異なる明るさの朝の光を浴びている静かな淡彩イラスト 健康と病気のあいだ、いまどのあたりにいるか

「異常なし」と「なんとなく不調」は両立する

だるい、眠りが浅い、食欲にむらがある——検査では異常が出ないのに続くこうした感覚は、気のせいで片づけられがちです。神奈川県が推進するみらい未病コホート研究では、心身の状態は健康と病気で明確に区別できるものではないとされています。検査数値に異常が出ていなくても、疲れやすさや眠りの浅さといった実感は、その人にとって確かに存在するものです。未病という枠組みでは、こうした自覚症状も、健康から病気へと向かう変化の途上にあるものとして扱われます。「病名がつかないから問題ない」のではなく、「いまどのあたりにいるか」を考える対象になる、という発想の転換です。

神奈川県が定義する未病(ME-BYO)

神奈川県は、心身の状態は健康と病気の間を連続的に変化しており、その変化の過程全体を表す概念が未病(ME-BYO)であるとし、日常生活の中で「食・運動・社会参加」の3つを柱に、健康な状態に近づけていく「未病改善」を県として提唱しています。行政が独自の施策として未病を扱っているのは全国的にも珍しく、後述するように神奈川県は未病を数値で見える化する取り組みまで進めています。

国の戦略にも書かれた「連続的に捉える」考え方

この考え方は、神奈川県だけのローカルな取り組みにとどまりません。政府の健康・医療戦略(閣議決定)でも、健康と病気を連続的に捉える未病の考え方の重要性が指摘されています。国レベルの政策文書に位置づけられているという事実は、未病が一部の自治体の独自解釈ではなく、健康施策の共通言語になりつつあることを示しています。

未病と予防はどう違うのか

予防は特定の病気の発症を防ぐ行為を指し、未病は心身全体の状態を指す概念です。似た文脈で語られがちな二つの言葉ですが、主語にしているものが異なります。

予防は「病気」を主語にし、未病は「わたし」を主語にする

予防接種や各種の検診のように、予防という言葉は基本的に、ある特定の病を想定し、それにかからないようにする行為とセットで使われます。主語は「その病」です。一方で未病は、特定の病ひとつを対象にするのではなく、いまの自分の心身全体がどのあたりの状態にあるかを問うものです。主語は「わたし」の状態そのものになります。だからこそ未病は、病名がつく前の段階、検査値の推移や日々の体調変化まで含めて扱える広さを持っています。

日本未病学会の分類——検査でわかる未病、症状でわかる未病

一般社団法人 日本未病学会は、未病を大きく二つに分類しています。ひとつは自覚症状はないが検査では異常がある状態で、境界域高血圧・境界域糖尿病・メタボリックシンドロームなどが含まれる、いわゆるM-Ⅰ(西洋型)です。もうひとつは自覚症状はあるが検査では異常がない状態、M-Ⅱ(東洋型)です。健診で数値だけ指摘される人と、しんどさはあるのに検査では何も出ない人。どちらも未病という同じ枠組みの中で説明できる、というのがこの分類の意味するところです。

2000年前の言葉から、江戸の『養生訓』へ

「未病」も「養生」も、決して新しい言葉ではありません。どちらも古代中国の医学書にさかのぼり、日本では江戸時代にひとつの完成形を得て、いまは行政の施策名として現代によみがえっています。

『黄帝内経』の「聖人は未病を治す」

未病という言葉の出所としてもっとも古く知られているのが、中国最古の医学書とされる『黄帝内経』です。そこには「聖人は已病を治さず未病を治す」という一節があるとされ、すぐれた医師はすでに病を得てから手を打つのではなく、その手前の段階で手を打つ、という考え方が示されています。同じく古い医学書である『難経』にも未病に関する記述が見られ、東洋医学では古くから「病を得る手前」を扱う視点があったことがうかがえます。

83歳の貝原益軒が書いた『養生訓』(1712年)

養生とは、日々の暮らし方そのものをととのえることで不調を遠ざけようとする考え方で、その源流もまた『黄帝内経』にさかのぼるとされています。公益財団法人長寿科学振興財団の解説によると、養生訓は1712年、儒学者・貝原益軒が83歳のときに著した健康法の指南書です。当時としては高齢の年齢で、自らの経験を踏まえて書き上げたこの書物は、300年以上たった今も読み継がれています。江戸時代にすでに、病を得てからの技術ではなく、病を遠ざける暮らし方を体系立てて論じた書物があったこと自体が、養生という言葉の重みを物語っています。

根本は「過ぎない」こと——食べ過ぎず、夜更かしせず、思い悩みすぎず

養生訓の内容を貫いているのは、節度という一本の線です。同財団の解説では、薄味にすること、夕食は少なめにすること、食べ過ぎないこと、夜更かしをしないこと、怒りや心配を減らすことなどが挙げられており、身体の養生だけでなく心の養生も説かれています。つまり養生とは、特別な健康法を新たに始めることではなく、すでにある暮らしの中の「過ぎている部分」を少し引き算することに近いのだと分かります。この節度という発想は、次に見る現代の公的な指針とも驚くほど重なります。

なぜいま未病なのか——健康寿命という物差し

未病がこれほど語られるようになった背景には、健康寿命という物差しの存在があります。健康寿命とは、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間のことです。

平均寿命と健康寿命のあいだにある約10年

厚生労働省のe-ヘルスネット(健康日本21アクション支援システム)によると、令和4年(2022年)の健康寿命は男性72.57歳・女性75.45歳で、平均寿命(男性81.05歳・女性87.09歳)との差は男性8.49年・女性11.63年にのぼります。この約10年という期間は、長生きできるかどうかではなく、日常生活に制限がかかる期間がどれだけ続くかという問題を示しています。長寿そのものよりも、その中身が問われる時代になった、ということです。治療から始まる発想だけでこの差を縮めるのは難しく、その手前の時期をどう過ごすかが、生活の質に関わってくると考えられるようになってきました。「治す」より「ととのえる」という六角門の考え方も、こうした関心と重なるところから出発しています。

現代の養生を4つに分ける——食べる・眠る・動く・つながる

現代の養生は、食べる・眠る・動く・つながるという4つの方向に整理すると、今日から選べる具体的な行動に落としやすくなります。それぞれに、行政が示す数字の目安があります。

朝の庭の小道脇に佇む木製ベンチを描いた静かな淡彩イラスト 特別なことではなく、日々の暮らしの延長線上に

食べる:食事バランスガイドの5区分と野菜350グラム

農林水産省によると、何を、どれだけ食べたらよいかの目安を示す食事バランスガイドは、平成17年6月に厚生労働省と農林水産省が決定したものです。主食・副菜・主菜・牛乳乳製品・果物の5区分で、1日分の適量を数える仕組みになっています。さらに神奈川県は、未病改善の生活習慣として、五大栄養素をバランスよくとることに加え、野菜を1日350グラムとることを挙げています。品目を細かく気にするより、まず5区分がそろっているかを見る方が始めやすいかもしれません。

眠る:睡眠ガイド2023の「成人6時間以上」と寝室の環境

厚生労働省が2024年2月に公表した睡眠ガイド2023は、成人に6時間以上の睡眠を目安として推奨しています。あわせて、日中の運動や座りっぱなしを減らすこと、寝室にデジタル機器を持ち込まない環境づくりも挙げられています。眠りの質は、寝る直前の行動だけでなく、日中どう過ごすかとも地続きになっているという指摘です。朝の光が体内時計をととのえる仕組みも、この日中の過ごし方と関わりの深いテーマです。

動く:まず「1日10分」からという行政の目安

運動と聞くと構えてしまう人も多いと思いますが、神奈川県が示す未病改善の生活習慣には、1日10分、体を動かす時間を増やそうという目安が含まれています。ジムに通う、走り込むといった大きな変化ではなく、通勤の一駅分を歩く程度でも当てはまる水準です。ハードルを下げて考えられる数字として、覚えておく価値があると思います。

つながる:3本柱に「社会参加」が入っている理由

神奈川県が挙げる未病改善の生活習慣には、質の良い睡眠やストレス管理と並んで、かかりつけ医の確保も含まれています。食事・運動・睡眠といった個人で完結する行動だけでなく、人や医療とのつながりを保つことも、養生の一部として位置づけられているのです。一人で抱え込まない仕組みを持っておくこと自体が、ひとつのセルフケアだと言えます。

季節で区切ると、養生は続けやすい

養生を毎日意識し続けるのは難しくても、季節の節目を点検日に決めておくと、無理なく続けやすくなります。

季節の変わり目は、昔から「休め」の合図だった

日本には昔から、季節の変わり目を暮らしの節目として意識する文化があります。土用という季節の変わり目の過ごし方や、二十四節気という季節の目盛りは、いずれも一年を細かく区切り、その時々の体調変化に注意を向けるための知恵として受け継がれてきたものです。季節の変わり目に体調を崩しやすいと感じる人も多いと思いますが、それを「たまたま」で終わらせず、暦の節目に食事や眠りを見直す習慣にしてしまうと、養生訓の説く節度を、毎日ではなく季節ごとに点検する形で無理なく続けられます。

朝の光から一日を始めるという小さな習慣

季節の節目という大きな区切りとは別に、一日単位の小さな区切りとして、朝の光を浴びることを暮らしに組み込む方法もあります。日中の活動リズムをととのえることは、前述の睡眠ガイド2023が挙げる、日中の運動や座りっぱなしを減らすという指摘とも重なる部分です。大きな決意をしなくても、朝のカーテンを開ける時間を少し早めるといった小さな変更から、養生は始められます。

自分の「いまの位置」を知る——未病指標と、受診のライン

影から朝の光へと少しずつ移り変わっていく、静かな庭の小道の情景 いまの位置を、静かに見つめ直す

自分がいまグラデーションのどのあたりにいるのかは、感覚だけではつかみにくいものです。ここでは客観的に位置を確認するための道具と、順番の話をします。

未病指標(ME-BYO INDEX)という道具

神奈川県は、健康と病気のグラデーションのどこにいるかを、生活習慣・認知機能・生活機能・メンタルヘルス/ストレスの4領域から数値で見える化する未病指標(ME-BYO INDEX)を公開しています。無償アプリ「マイME-BYOカルテ」またはブラウザ版を使えば、誰でもこの指標を測定することができます。数値がそのまま診断になるわけではありませんが、日々の感覚を4つの領域に分けて眺め直すきっかけとして使えるものです。

つらい症状があるなら、まず受診——順番を間違えない

養生は、暮らし方をととのえることで不調を遠ざけようとする営みであり、医療の代わりになるものではありません。ここを混同しないことが、誠実な付き合い方だと思います。だるさや痛みなど、はっきりとした自覚症状がある場合、あるいは食事や睡眠を見直しても不調が続く・強くなっていく場合は、養生の範囲で抱え込まず、まず医療機関で検査を受けることが先です。未病という言葉は、検査で異常が出ない不調に居場所を与える一方で、放置してよいという意味では決してありません。未病指標や生活習慣の見直しは、検査で異常が見つからなかったときや、健診結果を踏まえて日々の過ごし方を考えたいときに位置づけるものだと考えておくと、順番を間違えずに済みます。

かかりつけ医という、もうひとつの養生

神奈川県が未病改善の生活習慣のひとつにかかりつけ医の確保を挙げているのは、この線引きを日頃から用意しておくためだと考えられます。体調に迷ったときにすぐ相談できる相手を持っておくことも、食事や睡眠と並ぶ、もうひとつの養生の形です。

よくある質問

Q:未病と予防は何が違うのですか? 予防は特定の病気の発症を防ぐ行為を指し、未病は心身全体の状態を表す概念です。予防が「その病」を主語にするのに対し、未病は「いまの自分がどのあたりにいるか」という状態そのものを主語にする、という違いがあります。

Q:「未病を治す」とはどういう意味ですか? 2000年以上前の中国医学書『黄帝内経』にある「聖人は未病を治す」という一節に由来する言葉です。病を得てから手を打つのではなく、その手前の段階で心身をととのえるという考え方を表しており、現代では神奈川県の未病改善施策など、行政の言葉としても使われています。

Q:養生は何から始めればいいですか? 食べる・眠る・動く・つながるの4方向すべてを一度に変える必要はありません。まずひとつだけ選ぶ方法をおすすめします。たとえば野菜を1日350グラムとることを意識する、あるいは1日10分、体を動かす時間を増やすといった、行政が示す具体的な目安から選ぶと始めやすいと思います。

Q:自分が未病かどうかは、どうすれば分かりますか? 神奈川県の未病指標(ME-BYO INDEX)のように、状態を数値で捉えようとする取り組みが進められています。ただし、こうした指標はあくまで目安であり、自己判断の材料のひとつにとどまります。疲れやすさや眠りの浅さといった不調が続く場合は、自己判断だけで抱え込まず、医療機関に相談することをおすすめします。

未病という言葉の輪郭が見えてくると、健診結果の数字や、なんとなくの不調との向き合い方も少し変わってくるように思います。六角門は京都で、養蜂を軸にした健康ブランドの立ち上げを準備しています。まだ蜜蜂を迎える前の段階ですが、「治す」ではなく「ととのえる」という考え方を土台に、養生訓のような昔の知恵と現代の公的な指針の両方に目を配りながら、はちみつと暮らしの関わりについて調べを進めているところです。食の営みという意味では、砂糖・はちみつ・みりん・甘酒の違いや、はちみつが白く固まるのは劣化ではないという話もあわせて読んでみてください。なお、1歳未満の乳児にはちみつを与えることは、乳児ボツリヌス症のおそれがあるため避けるべきだと消費者庁・厚生労働省が周知しています。

健診結果の「判定区分」を、未病の目で読み直す

未病という言葉を知っても、手元の健診結果のどこを見ればいいのかは、意外と分かりにくいと思います。手がかりになるのは、数値そのものよりも、項目ごとについている判定区分です。

区分の名称や基準は健診機関によって異なるので、まずは結果票の凡例を確認するのが出発点になります。そのうえで、読み方の順番は次のように考えると整理しやすいかなと思います。

  • 「要精密検査」「要治療」にあたる項目:養生の対象ではなく、受診の対象です。生活の見直しで様子を見る、という判断を自分でしない方が良いと思います
  • 「要経過観察」「軽度異常」にあたる項目:検査でわかる未病にもっとも近い領域です。ここが、暮らし方の見直しを考える中心になります
  • 「異常なし」の項目:単年の判定だけでなく、過去の結果と並べて数値の動きを見ます

見落としやすいのは3つ目です。判定が毎年「異常なし」でも、数値が基準の範囲内で同じ方向に動き続けていることがあります。グラデーションという考え方に沿うなら、判定の文字よりも「どちらに向かって動いているか」の方が、いまの位置を知る材料になりやすいと思います。結果票は捨てずに、数年分を並べて見られるようにしておくと役に立ちます。

検査に出ない不調は、「伝えられる形」にしておく

自覚症状はあるのに検査では何も出ない、というタイプの不調は、診察室で説明しにくいのが難しいところです。「なんとなくだるい」だけでは、相談する側も受ける側も手がかりが少なくなってしまいます。

そこで、不調を感じたときに短いメモを残しておく方法があります。書く項目は多くなくて構いません。

  1. いつからか:始まった時期と、きっかけに心当たりがあるか
  2. どんなときに出るか:時間帯、食後、仕事の日と休みの日の違いなど
  3. どのくらい続くか:毎日なのか、週に数回なのか、波があるのか
  4. 生活で変わったこと:睡眠時間、食事の時間、仕事量、環境の変化
  5. 試したことと、その結果:早く寝た、食事を変えた、などで変化があったか

このメモには、二つの使い道があると思います。ひとつは、受診したときにそのまま渡せる情報になること。もうひとつは、自分の不調が生活のどの部分と連動しているのかに気づきやすくなることです。書いてみて「どの条件とも関係なく続いている」「だんだん強くなっている」と分かった場合は、それ自体が受診を考える材料になります。

養生を始めるときに、つまずきやすい3つの点

最後に、未病や養生に関心を持った人が陥りやすい点を、3つ挙げておきます。

処方された薬や通院を、自己判断でやめてしまう。 生活を見直して体調が良くなったと感じると、薬を減らしたくなることがあるかもしれません。ただ、治療中の人にとって養生は治療に重ねるものであって、置き換えるものではないと思います。変更したいときは、主治医に相談してからにするのが安全です。

数字を守ること自体が目的になる。 行政の目安は分かりやすい反面、達成できない日に「今日もできなかった」と感じる原因にもなります。養生訓の根本が節度だとすれば、目安に縛られて思い悩むのは本末転倒かなと。目安は合格ラインというより、方向を確かめる目印として扱う方が続きやすいと思います。

「未病」という言葉を、商品選びの根拠にしてしまう。 未病は状態を捉えるための概念であって、病名や診断名ではありません。そのため「未病に効く」といった表現に出会ったときは、何に対してどんな根拠が示されているのかを、一度立ち止まって確かめた方が良いと思います。食品はあくまで日々の食事の一部で、不調を治すものとして扱わない、という線引きを持っておくと迷いにくくなります。