この記事の要点
- 雄蜂は採餌も育児も巣作りもせず、群れの中で交尾飛行という一つの役割だけを担う蜂です
- 雄蜂は女王蜂が産む無精卵から生まれ、半倍数性という仕組みにより父親を持ちません
- 交尾を果たした雄蜂はその場で命を終え、果たせなかった雄蜂も秋には巣を追われます
「働かない蜂がいる」と聞いたとき、多くの人はまず驚き、次に少し引っかかりを覚えるのではないかと思います。群れで働くはずの生き物に、働かない個体がいる。しかもそれは怠けているわけではなく、そもそも働くための体を持っていない。ミツバチの群れには、女王蜂・働き蜂に並んで第三の顔ぶれ、雄蜂(ドローン)がいます。蜜を集めず、幼虫の世話もせず、巣の掃除もしない。それでも群れには欠かせない存在です。その理由をたどっていくと、ミツバチという生き物の性決定の仕組みや、群れが個体の生死をどう扱うかという、少し重たい話にまで行き着きます。

巣の中に「働かない蜂」がいる——雄蜂とはどんな蜂か
雄蜂とは、ミツバチの群れの中でオスの個体を指す呼び名で、英語ではドローンと呼ばれます。群れの大半を占める働き蜂や、群れに一匹だけいる女王蜂とは、見た目も役割もはっきり異なります。
群れの三つの顔ぶれ——女王蜂・働き蜂・雄蜂
一つの群れには、女王蜂・働き蜂・雄蜂という三種類の蜂が存在します。女王蜂は群れの中で唯一卵を産む個体で、働き蜂は蜜や花粉を集め、幼虫を育て、巣を守るメスです。この二種はどちらもメスですが、雄蜂だけがオスにあたります。日本で飼われるミツバチには、大きくセイヨウミツバチとニホンミツバチがあり、どちらの種でも群れの構成はこの三者から成り立っています。
見分け方——ずんぐりした体と大きな目、そして針がないこと
雄蜂を見分ける手がかりはいくつかあります。まず体つきが働き蜂よりずんぐりと大きく、丸みを帯びています。次に目立つのが複眼の大きさで、頭部の左右から回り込むように大きく発達しており、これは飛行中に女王蜂の姿を捉えるための構造だとされています。そしてもう一つ、雄蜂には針がありません。ミツバチの針は本来メスの産卵管が変化したものなので、産卵管を持たないオスには針そのものが存在しないのです。刺す蜂だと身構える必要がない、というのも雄蜂の特徴の一つです。
雄蜂は本当に働いていないのか——蜜も集めず、掃除もしない理由
結論から言うと、雄蜂は採餌・育児・造巣といった働き蜂の仕事を担いません。これは怠けているのではなく、そもそもそれらの作業に向いた体の構造を持っていないためだとされています。
花粉かごも蜜胃の使い方も働き蜂とは違う
働き蜂は後脚に花粉を運ぶための花粉かごという構造を持ち、蜜を巣まで運ぶために蜜胃を使い分けています。雄蜂にはこうした採餌のための特化した構造が発達していません。巣の中の掃除や幼虫の世話、巣房を作るための蝋の分泌といった仕事も、基本的には働き蜂が担っており、雄蜂がこれらに加わることはないとされています。体のつくりからして、外に出て蜜や花粉を集めるようにはできていないのです。
『働かない』は人間の言葉——役割が一つしかないだけ
「働かない蜂」という言い方は、あくまで人間が働き蜂の仕事ぶりを基準にして当てはめた表現です。ミツバチの群れを一つの機能体として見ると、雄蜂は繁殖という一点に特化した存在だと捉えるほうが実態に近いと言われています。群れの中に多様な役割を持つ個体がいて、それぞれが分業している——働き蜂の一生と日齢で変わる仕事の分担を見ると、働き蜂自身も日齢によって仕事を変えていくことが分かります。雄蜂はその分業の中で、採餌や育児の外側に置かれた、もう一つの役割を担う個体だと言えます。
雄蜂はどうやって生まれるのか——無精卵から生まれるオス
雄蜂は、女王蜂が産む無精卵から生まれます。これは受精卵から生まれるメスとは根本的に異なる生まれ方で、ミツバチの性決定の仕組みの核心にあたる部分です。
受精卵はメスに、無精卵はオスになる
女王蜂は交尾によって精子を体内に蓄えており、産卵の際にその精子を使うかどうかを卵ごとに選んでいるとされています。精子を使って受精させた卵からはメスが、受精させずに産んだ無精卵からはオスが生まれます。同じ女王蜂の卵でありながら、受精の有無によって性が分かれるという点は、多くの人がミツバチについて知って驚く仕組みの一つです。同じ卵から生まれるメスの中でも、女王蜂になるか働き蜂になるかは育てられ方によって分かれます。同じ卵から女王蜂と働き蜂が生まれる仕組みを読むと、性決定と育ち方という二段階の分岐がミツバチの中にあることが分かります。
父親がいないオス——半倍数性という仕組み
受精卵から生まれるメスは、母親由来と父親由来、両方の染色体を持つ二倍体です。一方、無精卵から生まれる雄蜂は、母親である女王蜂由来の染色体しか持たない単数体で生まれます。この、メスは二倍体、オスは単数体という性決定のしくみは半倍数性(単数倍数性)と呼ばれ、ミツバチを含むハチやアリの仲間に広く見られる特徴だとされています。雄蜂には父親にあたる個体がいない、という点は、この仕組みを知ってはじめて腑に落ちる話ではないかと思います。
一世一代の交尾飛行——雄蜂の役割が果たされる空の上
新女王を追って、雄蜂たちが空高くへ飛び立つ
雄蜂に与えられた唯一とも言える役割が、新しい女王蜂との交尾です。これは巣の中ではなく、空中で行われる一世一代の出来事だとされています。
雄蜂が集まる空域と、新女王の結婚飛行
複数の群れの雄蜂は、特定の時間帯に特定の空域に集まる習性があるとされ、これは雄蜂集合空域などと呼ばれています。一方、新しく生まれた女王蜂は、女王蜂が王台で生まれるまでの過程を経たのち、巣から飛び立って結婚飛行と呼ばれる交尾のための飛行に出ます。新女王がこの空域に飛来すると、集まっていた雄蜂たちがその後を追いかける、雄追いと呼ばれる追尾行動が起こり、その中の一部が空中で交尾を果たすとされています。
交尾を果たした雄は、その場で一生を終える
交尾を果たした雄蜂は、その場で命を終えるとされています。ミツバチの交尾は生殖器官の一部が女王蜂側に残る形で完了し、雄蜂自身はその後の飛行を続けられない状態になると言われています。一つの群れから生まれる雄蜂の数に対して、実際に交尾の機会を得られる個体はごく一部に限られるとされ、交尾に至らなかった雄蜂は空域から巣へと戻っていきます。群れの存続に関わる一度きりの役割のために、雄蜂という個体が用意されている、と捉えることもできます。
秋、雄蜂は巣を追われる——「雄追い」という群れの決断
花の減る秋、働き蜂が雄蜂を巣の外へ追い立てる
交尾の機会を得られなかった雄蜂も、いずれ巣を離れることになります。花の少なくなる季節、働き蜂が雄蜂を巣の外へ追い出す雄追いと呼ばれる現象が起こるためです。
蜜が減る季節、群れは食い扶持を絞る
雄蜂は自ら採餌をしないため、その食料は働き蜂が集めてきた蜜や花粉に依存しています。花の少なくなる季節になると、群れ全体で使える蜜の量が限られてくるため、働き蜂は雄蜂への給餌を減らし、やがて巣の外へ追い立てるようになるとされています。これが雄追いと呼ばれる行動です。追われた雄蜂は巣に戻ることを許されず、そのまま命を終えていくと言われています。
冷たい話に見えて、群れが冬を越すための仕組み
雄追いは、個体だけを見ると厳しい出来事に映るかもしれません。しかし群れ全体で見ると、これは限られた蜜を、冬を越すために必要な働き蜂や女王蜂に優先的に振り向けるための営みだと理解されています。すでに交尾という役割を終えた、あるいは役割を果たす機会がなかった雄蜂を養い続けることは、群れ全体の存続にとって負担になり得ます。冬に向けて群れが蜂球を作って身を寄せ合う仕組みも、この先に待つ厳しい季節を乗り切るための備えの一つです。蜜蜂が蜂球で身を寄せ合って冬を越すしくみを知ると、雄追いもまた、群れが冬支度を始める合図の一つだと見えてきます。
養蜂家は雄蜂をどう見ているのか——巣の健康を映す存在
養蜂の現場では、雄蜂そのものよりも、雄蜂が育っている巣房の様子が、群れの状態を知る手がかりとして見られているとされています。
雄蜂の巣房は働き蜂のものより大きい
雄蜂は働き蜂よりも体が大きいため、雄蜂を育てる巣房も一回り大きく作られます。この大きさの違いから、巣板の中に雄蜂用の巣房がどれだけあるかは、比較的見分けやすいポイントだとされています。雄蜂の巣房が極端に多い、あるいは少ないといった偏りは、群れの状態を推し量る材料の一つとして養蜂家の間で参考にされていると言われています。
雄蜂の様子から群れの季節と調子を読む
雄蜂の数や巣房の様子は季節によって変化するため、その増減を見ることは、群れが繁殖に力を入れている時期なのか、それとも冬支度に入ろうとしている時期なのかを判断する材料にもなるとされています。こうした群れの状態は、巣箱を開けて内部を確認する作業を通じて把握されるものです。内検で巣箱の中の何を見ているのかでは、雄蜂の様子を含め、養蜂家が巣の中の何に注目しているかを扱っています。また、群れが大きくなり過ぎると新しい女王蜂を育てて群れを二つに分ける分蜂という現象が起こることがあり、その際にも雄蜂の存在が関わってきます。分蜂——群れが半分に割れて新しい巣へ出ていく日も合わせて読むと、雄蜂の役割が群れ全体のライフサイクルの中でどう位置づけられているかが見えてきます。
よくある質問
Q:ミツバチのオスは本当に何も働かないのですか? 採餌や巣の掃除、幼虫の世話といった働き蜂が担う仕事はしません。ただし、群れの繁殖を担う交尾飛行という役割に特化した存在だとされており、何もしていないというより、役割が一つに絞られていると理解するほうが実態に近いと言われています。
Q:雄蜂には針がないというのは本当ですか? 本当です。ミツバチの針はメスの産卵管が変化した器官なので、産卵管を持たないオスの雄蜂には針そのものが存在しません。そのため雄蜂が人を刺すことはないとされています。
Q:秋になると雄蜂が巣から追い出されるのはなぜですか? 花が少なくなる季節は群れ全体で使える蜜の量が限られるため、働き蜂が雄蜂への給餌を減らし、巣の外へ追い立てる雄追いという行動が起こるとされています。冬を越すために必要な個体に蜜を優先的に振り向けるための営みだと理解されています。
六角門では、蜜蜂を迎える準備を進めるなかで、こうした群れの仕組みについて調べています。雄蜂という一見地味な存在にも、群れ全体の合理性が凝縮されていることは、調べていて特に印象に残った点の一つです。巣箱も蜂もまだ手元にはありませんが、こうした基本の理解を積み重ねながら、これから先の準備を進めていきたいと考えています。
巣板のどこを見れば雄蜂の巣房だと分かるか——判断の目安とつまずきやすい点
雄蜂の巣房が大きいことは知られていますが、実際の巣板で見分けるには、フタの形を見るのが分かりやすいとされています。働き蜂の巣房のフタは平らに近いのに対して、雄蜂の巣房のフタは弾丸のように盛り上がっています。また、雄蜂の巣房は巣板の下のほうや端のほうにまとまって作られることが多いと言われています。
注意したいのは、雄蜂の巣房が多いからといって、それだけで異常だとは言えない点です。春から初夏の繁殖期には、雄蜂の巣房が増えるのは自然なことだとされています。気をつけたいのは、次のような偏り方をしているときかなと思います。
- 働き蜂サイズの巣房のあちこちに、盛り上がったフタが点々と混ざっている
- 一つの巣房に卵が複数入っていたり、卵が底ではなく壁に産み付けられていたりする
- 働き蜂の幼虫がほとんど見当たらず、雄蜂の幼虫ばかりが目立つ
一つ目は、女王蜂が蓄えた精子を使い切ってしまい、無精卵しか産めなくなっているサインだと言われています。二つ目と三つ目は、女王蜂がいなくなったあとに働き蜂が卵を産み始める「働き蜂産卵」を疑うきっかけになるとされています。働き蜂は交尾をしていないため、産む卵はすべて無精卵、つまり雄蜂になります。この状態が続くと、群れは新しい働き蜂を補充できずに弱っていくので、雄蜂の巣房の「数」よりも「どこに、どう散らばっているか」を見るほうが、判断材料としては役に立つのかなと思います。
雄蜂の幼虫はダニに狙われやすい——雄蜂巣房を使ったダニ対策の考え方
ミツバチヘギイタダニ(バロアダニ)は、働き蜂よりも雄蜂の幼虫がいる巣房を好んで入り込むとされています。雄蜂の幼虫はフタをされてから羽化するまでの期間が働き蜂より長いので、そのぶんダニが巣房の中で増えやすいから、と説明されることが多いです。
この性質を逆手に取ったのが、雄蜂の巣房をわざと作らせてから取り除く方法です。雄蜂が作られやすい巣枠を入れ、フタがされたあと、羽化する前に巣房ごと切り取ったり、巣枠を抜いたりしてダニをまとめて減らす、という考え方だとされています。主にセイヨウミツバチの飼育で紹介されることが多い方法です。
つまずきやすいのは取り除くタイミングだと思います。切り取るのが遅れて雄蜂が羽化してしまうと、ダニをわざわざ育てて巣に戻したのと同じことになりかねません。また、この方法だけでダニを抑え切れるとは限らないので、ほかの対策と組み合わせる前提で考えられているようです。
ニホンミツバチの「雄蜂の蓋」——巣門の前に落ちる小さな蓋が教えてくれること
ニホンミツバチでは、雄蜂の巣房のフタの中央に小さな穴があいていることが特徴だと言われています。雄蜂が羽化するときにこのフタが外され、働き蜂によって巣の外へ運び出されるため、巣箱の底や巣門の前に薄茶色の小さな蓋が落ちているのが見つかることがあります。
この「雄蜂の蓋」は、群れが雄蜂を育てている時期、つまり繁殖に向かっている時期に入ったことを示す手がかりとして、ニホンミツバチを飼う人の間で注目されているようです。雄蜂が出てくることと分蜂の準備は時期が重なりやすいので、蓋が見え始めたら分蜂が近いかもしれないと考えて、捕獲の準備を意識し始める目安にされることがあるそうです。
ただ、巣箱の底には蜜蓋のかけらや巣くずも落ちてくるので、見間違えやすい点には注意が必要かなと思います。中央に穴があいた、小さな円い蓋かどうかを確かめたほうが良さそうです。巣箱を開けずに外から群れの様子をうかがえるという意味では、雄蜂そのものよりも、雄蜂が残していくものの方が、飼い主にとっては身近な情報源なのかもしれません。